新年のご挨拶~転機の年になりますように

 新年あけましておめでとうございます。

 今年は私にとって転機になりそうだ。というか、転機にしなければと思っている。
 以下は、元旦を迎えて知人、友人に送った私の決意。

 今年はYoutubeチャンネル"ジンネット2.0"を立ち上げて、もうひと踏ん張り、報道の世界に蟷螂の斧を振るおうと思います。

 また、今年遅くない時期に拉致に関する本を出版したいと準備しています。

 と、ここまで宣言してしまったので、もう後戻りできない。
 Youtubeチャンネルの立ち上げは、二つの理由があって、一つはこれまで関わってきたテレビ報道に限界を感じたこと、もう一つは周りから強く要請されたことだった。

 テレビがつまらなくなったという声をよく聞く。どのチャンネルもお笑いタレントの同じ顔がでる、同じような趣向の番組ばかりになって、観る気が起きないと。

 これは一つにはテレビ局が番組の「費用対効果」を突き詰めた結果だと思われる。

 「効果」つまりリターンとは、テレビ特に民放のビジネスモデルから言えば広告収入を上げるために高い視聴率をとることだ。コンテンツ=番組はCMへの誘導であって、言ってみれば昔、新装開店した店へ客集めをしたチンドン屋と同じである。「費用」とは番組の製作費で、低い製作費で高い視聴率を取れれば「費用対効果」がよく、それに越したことはない。

 たとえば各局が視聴率競争を繰り広げる夕方のニュース番組には、たくさんのコーナー企画があるが、2週間かけてじっくり取材したコンテンツと、行列のできるケーキ屋さんをロケハンと本取材合わせて2日で取材したコンテンツとで、後者の方が視聴率をかせいだら「費用対効果」がよい。となれば当然、後者の方を追及することになる。

 ドキュメンタリーは視聴率が良くないとして民放では深夜や早朝枠に、いわば「窓際」においやられ、さらには制作費も削られることになる。日テレ系の「NNNドキュメント」、テレ朝系の「テレメンタリー」はプロデューサーすら録画で観るという。

 かつては民放でもプライムタイム(夜7時~11時)にドキュメンタリー枠を持っていた時期がある。

 『ノンフィクション劇場』(1962~68年)は日本テレビ系列局で放送されていた30分のドキュメンタリー番組で、羽仁進、大島渚田原総一朗らも起用したことで知られる。

ノンフィクション劇場の「忘れられた皇軍」(1963年8月16日放送)より。大島渚早坂暁の共同脚本。軍人恩給を得られない元朝鮮人日本兵傷痍軍人たち(彼らは街頭募金で生計を立てている)にスポットを当て「日本人よ、これでいいのだろうか」というメッセージによって締めくくった。第1回ギャラクシー賞受賞作

 すばらしい世界旅行(1966~90年)は日本テレビ系列で毎週日曜夜に放送されていた日立提供の30分の紀行番組だった。

 『Nationalドキュメンタリー特集』(1982~83年)は1年半と短期間だったが、日本テレビ系列局で毎週金曜夜10時から放送された1時間番組だった。

 かつて日テレがドキュメンタリーに熱心だったことは意外に知られていない。それぞれの番組に逸話が残るが、『ノンフィクション劇場』の「南ベトナム海兵大隊戦記・第一部」(1965年5月9日放送)放送後、内閣官房長官・橋本登美三郎が日本テレビ社長・小林與三次に抗議し、第三部まで放送する予定が、第一部で報道中止になった事件は、政治が放送に介入した事件として有名である。ディレクターは牛山純一、撮影に石川文洋が参加した。

撮影:石川文洋

 『すばらしい世界旅行』は日立が、『Nationalドキュメンタリー特集』は松下電器パナソニック)が単独提供で、家電で日本が世界を席巻した時代を感じさせる。私は『Nationalドキュメンタリー特集』で2本の作品の制作にADとしてかかわったが、制作予算が潤沢で、海外取材で使える経費が今とは桁違いだった。

 また、テレビ局のプロデューサーにも昔は太っ腹な人、野性味のある人、時代感覚の鋭い人がたくさんいた。それが今は・・・

 とまあ、泣きごとを言うつもりはないが、調査報道やドキュメンタリーなど手間も時間もかけて掘り下げる企画がテレビ局に通りづらい傾向が近年強まっている。私のかつての仲間や後輩が、「テレビ以外で発信したい」と訴えるのを嫌というほど聞いてきた。じゃあ、俺たちでやってみるかとなったのである。

 それから拉致問題では、いまの膠着状態をなんとかしたいとの思いから執筆を思い立った。安倍政権と「救う会」、「家族会」がとってきた「全拉致被害者の即時一括帰国」以外は認めないという路線では1ミリも動かないばかりか、北朝鮮が生存を認めた二人の拉致被害者を見捨てるという人道上許されない事態を招いている

 経済におけるアベノミクスの否定とならんで、この拉致問題における「安倍路線」を転換するしか道はない。本の出版で、今後どうすればよいかを考える材料にしてもらおうと思う。

 今年も壁にもがきながらも疾走し続けるつもりですので、よろしくお見守りください。

 良い年にしましょう。