このあいだ、神田の蕎麦屋「まつや」に行った。
昼どきで行列ができていた。店の前の梅がほころび始めている。先日火事になった藪蕎麦のすぐ近くで、ここも有名な老舗である。神田は老舗の店舗が多い。
食べ物には無頓着な私だが、火事のあと、オフィスがせっかく神田にあるのだから、こういう店に行っておこうかと思った次第。
うまかった。グルメじゃないので上手に表現できないが。客も常連が多いらしく、行儀よくリラックスしていて良い雰囲気だ。また行こう。
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さて、前回、広瀬隆氏が、CO2温暖化説を、IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change)「気候変動に関する政府間パネル」が「全人類をたぶらか」すものとして批判したことを紹介した。
では、IPCCとは何か。パネルとは専門家会合のことだ。メンバーは各国政府が推薦した科学者で構成され、その任務は、温暖化にかんして発表された学術論文の知見をまとめて報告書を作成すること。IPCC自体は研究も調査もしない。IPCCがノーベル平和賞をもらったときの受賞理由は、何かの発見をしたわけではなく、「人為的に起こる地球温暖化の認知を高めた」ことだった。
IPCCの活動原則には、報告書は「政策に関して中立でなければならない」とあり、そこに示される温暖化対策のうちどれを採択すべきかには触れられない。選択し採択するのはあくまで国際社会や各国政府になる。
報告書作成にあたっては、メンバーが分担して書いた報告書案が、別のメンバーによる吟味(査読という)を経る。第4次報告書を作ったときには、450名超の代表執筆者が800名超の執筆協力者とともに原稿を執筆、これを2500名以上の専門家が査読して修正し。3年の歳月を経てとりまとめられた。
いま進行中の第5次報告書案づくりでも非常に活発な議論が交わされている。例えば、第1作業部会報告書「自然科学的根拠」に関しては「2011年12月〜2012年2月に第1ドラフト(報告書案)の専門家レビューを実施し、査読者から2万件以上のコメントがあった」。このコメントを踏まえて作成された第2ドラフトが作成られ、これに対しては去年10月〜11月のレビューでは、26の政府と800人の査読者から31,422件のコメントが寄せられ検討されている。(https://www.ipcc-wg1.unibe.ch/)
これは三つある作業部会のうちの第1作業部会についてだけの数字であって、さまざまな意見をもとに慎重に議論が進められているのがわかる。
これまで、1990年(第1次)、1995年(第2次)、2001年(第3次)、2007年(第4次)と4回の報告書あ発表されてきたが、それぞれ、内容をより正確にすべく、最新の研究成果や知見が取り入れられている。
IPCCが第一次報告書を出した1990年、温暖化の科学は始まったばかりだったが、その後、観測データも増加し、解析技術も高度化するなかで、次第に報告書の内容、表現も進化を見せる。例えば、温暖化の原因についての各報告書の記述を見てみよう。
「地球規模の気候に人間の影響が認められると考えられる」(第1次1990)
「気候に及ぼす人為的効果の寄与について、より説得力のある証拠が近年得られてきている」(第2次1995)
「近年得られた、より確かな事実によると、最近50年間に観測された温暖化のほとんどは、人間活動に起因するものである」(第3次2001)
「20世紀半ば以降に観測された世界平均気温の上昇のほとんどは、人為起源の温室効果ガス濃度の観測された増加によってもたらされた可能性が非常に高い(very likely)」(第4次2007)
次第に人為的な温暖化効果ガスの影響への確信が高まっているのがわかる。
IPCCに参加している研究者の国籍は135カ国。ここには、もちろん温室効果ガス排出規制に積極的でないとされるアメリカや日本、中国やインドからも多数が参加している。
微妙なバランスに基づく地球の気象・気候を予測することは、きわめて複雑で困難ではあるが、広い分野の研究者をそろえたIPCCの達成への信頼は高く、国際社会で温暖化が議論されるときの科学的根拠は、かならずIPCC報告書である。
(以上、参考文献:藤倉 良『エコ論争の真贋』新潮新書)
こうして見てくると、IPCC報告書が「陰謀」じみた特定のバイアスのかかった結論を意図しているとは考えにくい。
IPCC報告書の内容が国際的な「常識」になっていることに対し、広瀬隆氏は、ガリレオ・ガリレイが地動説を唱えたとき、ほとんどの人がそれを信じなかったことを挙げて、科学は、「その時代の多数決で決めるものではない」と言う。(P72)
科学的真理が多数決では決められないということ自体は正しい。IPCCも今の見立てが間違っている可能性を排除していない。「はじめに」で指摘したように、温暖化が温室効果ガスの増加によってもたらされた可能性は90%以上の確率だとしている。違っている可能性も、わずかながら(10%以下)あるということになる。
しかし、90%以上確実な事態の進行を、「ひょっとしたら違うかもしれない」という理由で放置していたらどうだろう。破局が待っているだけである。
来年は第5次報告書が採択される予定で、いま査読作業が進行中だ。そのドラフト(草案)の一部が、昨年末リークされた。
それによると、“very likely”(非常に可能性が高い=実現性が90%以上)は“virtually certain”(ほぼ確実=実現性が99%以上)へと格上げされた表現になっているという。「人為起源の温室効果ガス」が温暖化の犯人であることはまず間違いないという認識になってきている。
(つづく)