嘘の人権 偽の平和

takase222010-12-26

畏友、三浦小太郎さんの先月発売の著作『嘘の人権 偽の平和』(高木書房、1200円)が届いた。
三浦さんは、評論家にして「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」の代表をつとめる活動家でもある。以前から、彼の見識の深さ、確かさには教えられることが多かった。かつて『諸君』に連載していた三浦さんの書評は、思想書を多く取上げ、ときにはちんぷんかんぷんだったが、勉強になるのでいつも読むようにしていた。
これまで雑誌などに掲載された論文の集成である。一部は、このブログでも以前取上げたことがある。http://d.hatena.ne.jp/takase22/20080511
この本は、ちょうど、右翼と左翼の「統合」という私の問題意識にぴったりだった。本のタイトルの「嘘の人権」は右翼への批判を、「偽の平和」は左翼批判を意味すると私は受け取ったが、非常に示唆に富む論考が多かった。
かねがね、私は三浦さんは思想家としてもっと注目されるべき人物だと思っていたが、ついに本が出た。今の日本の思想状況に切り結ぶすばらしい内容である。多くの人の目にとまってほしいと思う。
いくつかの章を紹介しよう。
姜尚中批判 偽善的平和主義を批判する》
いわゆる進歩的文化人北朝鮮の民衆の虐げられた状況にまなざしを向けないことを痛烈に批判している。
北東アジアの平和を求めて「あるがままの北朝鮮」を認めよと主張する姜氏に対して、それは「平和をあまりにも大きな価値として崇拝することによって、北朝鮮全体主義体制の事実上の同伴者になりかねない」と批判。
「自らの思想においては人権や自由を謳っていながら、それとは決して相容れないはずの体制を(略)支持し、また激しい批判を避ける姿勢」を「思想家としての自殺」だと迫っている。左翼の北朝鮮論への批判としては「決定版」といえるだろう。
人権なき平和に意味があるのか、人権のための戦争はありうるのか、「人権」、「平和」、「戦争」について根源的な問いかけをしている。
《収容所体制と難民流出》
北朝鮮から脱出してきた難民=「脱北者」のなかには、日本にたどり着いて住んでいる人たちがいる。北朝鮮に移住させられた在日朝鮮人、いわゆる「帰国者」と日本人配偶者をふくむ親族だが、その数は200名近くになっているという。三浦さんたち脱北した彼らを救援し、日本定住を支援している。
この章は、北朝鮮が普通の独裁ではなく、ハンナ・アレントのいう全体主義だと規定したうえで、難民救済のもつ意味を掘り下げている。02年に書かれたもので、北朝鮮全体主義論としては嚆矢となる論文ではないかと思う。
アレントによれば、全体主義は、「国内では強制収容所を生む共に、国外への難民(無国籍者)を必ず出現させ」、難民は全体主義体制の究極の犠牲者である。
「無国籍者」には人権はない。「自然権としての人権」など存在せず、人権は具体的には「国民の権利」としてしか守られない。捕まれば中国から北朝鮮に送還される難民=脱北者には「難民収容所」さえない。
三浦さんは、これまでの救援で知った実態をふまえ、北朝鮮難民は、ドイツを追われたユダヤ人よりさらに悲劇的であり、「『無国籍』以下の、『存在すら否定された人々』」だと言う。そして、「日本のNGOはこの問題を政府に対し『東アジアの最大の人権問題』として取り組むことがのぞまれる」と主張している。
こうして、脱北者救済は、単なるチャリティではなく、全体主義との闘いのなかにしっかりと位置づけられるのである。
(つづく)