「クロッシング」の上映はじまる

takase222010-04-17

きょうは脱北者を描いた映画『クロッシング』の上映初日だった。
渋谷のユーロスペースには、早くから列ができて満席になった。冒頭、横田夫妻朝日放送の石高さんがステージで挨拶。(写真)
早紀江さんが、めぐみさん拉致が発覚してから13年、金正日が拉致を認めてから8年経つのに解決しないもどかしさを訴えた後、映画に触れて、同じ「人間の尊厳」の問題だと言ったのが印象的だった。滋さんはもっと直接に、脱北者を日本社会が受け入れる措置をはっきりと取るべきだと語った。
ここに横田さんたちが挨拶に来ることに意外な感じを持つ人もあろうが、北朝鮮国内で起きている事態と拉致問題は根っこが同じなのだ。金正日体制の下では、北朝鮮人民は「人間らしい当たり前の暮らし」(早紀江さん)をおくることができない。国内で、人を人として扱わないことが、国外の人を必要なら連れてきてしまえと拉致することにつながる。そして国民を飢餓に晒しておきながら、莫大な資源と人材を核・ミサイル開発につぎ込む。こうして、北朝鮮の生み出す様々な問題は、それぞれが孤立した問題ではなく、「北朝鮮問題」というひとくくりの体制問題と見ることができる。
2年前に観ているのだが、今回も泣いてしまった。
父親役のチャ・インピョ、そして息子のシン・ミョンチョルの演技が実にうまい。また、設定やセットが非常にリアルである。これはジャーナリストの石丸さんがこう言っていることでも分かる。
《『クロッシング』を見て驚いたのは、描かれている北朝鮮国内のシーンが、私のパートナーたちが内部で撮影してきた映像、そして北朝鮮の人たちから聞かされてきた状況と、驚くほど一致していたことである》(映画パンフレットより)
ところでこの映画、私は2年前の08年6月にすでに観ていた。そのとき「来年早々」つまり去年には日本で上映される予定だと発表されていた。それがなぜここまで遅れたのか。
はじめ、この映画は、著名な映画プロデューサー、李鳳宇氏の「シネカノン」が日本公開するはずだった。シネカノンといえば、『月はどっちに出ている』、『パッチギ!』などを製作し、韓国映画『シュリ』、『JSA』などを配給して話題を振りまいた。ところが、韓国側に日本公開版権料を1割しか払わず、去年10月には韓国側との契約は破棄されていた。今回、新たに契約し映画を買い付けて上映にこぎつけたのは「アジア映画社」だ。
シネカノン」は今年1月、47億円という巨額の負債を抱えて倒産した。資金繰りが悪かったので公開が遅れたと一見解釈できそうだが、そうではないと「アジア映画社」の社長の朴炳陽(パク・ピョンヤン)氏は言う。
この間の推移を、朴社長は「シネカノン」が『クロッシング』を「封殺」したと表現する。朴社長が書いた「脱北映画『クロッシング』は何故、封殺されていたのか」(『新潮45』3月号)である。
朴炳陽氏は、李鳳宇氏の北朝鮮コネクションを指摘し、「李鳳宇氏と北朝鮮は、映画という分野において切っても切り離せない関係がある」と書く。北朝鮮映画の日本公開、北朝鮮との映画の合作、日本の映画人の北朝鮮への招待などについて触れる。
驚いたのは、シネカノンが配給公開した韓国映画送還日記』(03年)のエピソード。
北朝鮮から「祖国統一のために」韓国に入国したのに「スパイ扱いされて」逮捕された「非転向長期囚」たちと、彼らを北朝鮮に送還させる運動を追った「親北」映画である。
ところが李鳳宇氏は、この映画の中の、日本人にとって最重要部分を削除して公開した。オリジナルには辛光洙(シングァンス)が登場していたのである。(略)
こんな重要犯罪者が、「被害者」として母国へ送還される挿話があったのだが、日本公開では見事に削除されていた。ここに至って李鳳宇氏の「親北」姿勢は頂点に達したといっていい。》
9ページにおよぶ長大な記事で、ここには紹介しきれないが、『クロッシング』の日本公開がながく実現しなかった背景に、北朝鮮の「工作」があったことを強く示唆している。
これが事実かどうか、私には断言できる材料がない。ただ、以前総連に長くかかわったある人物から、李鳳宇氏の北朝鮮コネクションが特別なものであるとは聞いていた。
とにかく、待ち望んだ上映がやっと実現した。
ぜひ、たくさんの人に映画を観てもらいたい。