皇后美智子とアフガン

 皇后美智子が75歳の誕生日にあたり、1年を振り返っての感想を文書で発表された。
 その内容は、金融危機新型インフルエンザ、核廃絶からアフガンにまでおよんでいる。
 《丁度昨年の今頃、世界的な金融危機が生じ、日本においても経済の悪化に伴い、大勢の人々が困難な状況に置かれました。職や居住の場所を失ったり、進学の道を閉ざされ、あるいは就職の内定を取り消された人々も多く、この一年、最も案じられたことでした。
 また、今年前半に発生した新型インフルエンザが、世界規模で広がる可能性を見せており、寒い季節に入るこれから、少しでもこのことによる被害が小さく抑えられるよう願っています。
今年は裁判員制度の導入で、司法界に注目が集まると共に、政権交代という、政治上の大きな変化のあった年でもありました。
 米国においても政権が変わり、着任から程なく、オバマ大統領のプラハでの演説があり、その中で核兵器廃絶に向ける大統領の強い決意が表明されました。そして今月、ノーベル財団は他の要因も含め、この大統領のとった率先的役割に対し、今年度のノーベル平和賞を贈り、この行動に対する共感と同意を表しました。核兵器の恐ろしさは、その破壊力の大きさと共に、後々までも被爆者を苦しめる放射能の影響の大きさ、悲惨さにあり、被爆国である日本は、このことに対し、国際社会により広く、より深く理解を求めていくことが必要ではないかと考えています。》
 慈愛に満ちた文章だと思う。
 美智子様は、02年10月、5人の拉致被害者が帰国したことに触れて、談話のなかでこう言われた。
 《何故私たち皆が、自分たちの共同社会の出来事として、この人々の不在をもっと強く意識し続けることが出来なかったかとの思いを消すことはできません。今回の帰国者と家族との再会を喜びに思うにつけ、今回帰ることのできなかった人々の家族の気持ちは察するにあまりあり、その一入の淋しさを思います。》
 拉致問題の本質をついた言葉である。このとき、美智子さまという方は、ただものではないなあと思い、素直に尊敬の気持ちが沸いてきた。
さて、今回の文章は、さらにアフガンの中村哲さんが主催するペシャワール会にも触れる。中村さんについてはこないだ書いた。http://d.hatena.ne.jp/takase22/20090826
 04年5月、中村哲さんは皇居に招かれ、天皇皇后にアフガンの最新事情を説明している。報道によれば、両陛下は「当初予定されていた2時間という懇談の時間をおよそ30分間オーバーして熱心な様子で耳を傾けられた」という。
 中村さんは「左翼」というイメージがあるが、彼を知る人に聞くと、両陛下を心から慕っているのだそうだ。両陛下もペシャワール会の活動に注目していることが以下の文章で分る。
 アフガニスタンで農業用水路を建設中、若い専門家がテロリストにより命を奪われてから一年が過ぎ、去る八月には故人が早くより携わっていたその工事が遂に終わり、アフガン東部に二十四キロに及ぶ用水路が開通したとの報に接しました。水路の周辺には緑が広がっているといい、一九七一年、陛下と御一緒にこの国を旅した時のことも思い合わせ、やがてここで農業を営む現地の人々の喜びを思いつつ、深い感慨を覚えました。》
 世界には、スキャンダルまみれの王家、国民の怨嗟の的になっている王室もあるなか、日本がこのような良識ある皇室を持っていることはとても幸運なことである。