温室効果ガス25%削減への反応

7日、鳩山由紀夫民主党代表が、温室効果ガス削減の中期目標について「2020年までに1990年比で25%」という高い数字を上げた。これは内外に大きな波紋を投げかけ、主要紙の社説も割れている。
私は以前、日本経済新聞が社説で環境への取り組みに非常に踏み込んだ姿勢を打ち出していることを指摘した。http://d.hatena.ne.jp/takase22/20090105
あの日経がなぜ?とちょっと意外な気がした。論説委員の個人的な意見かとも思った。しかし今回の「25%削減」問題でも「日経」は突出している。どうやら、環境問題で世界標準に近づこうというのは、日経の一貫した立場になっていると思ってよさそうだ。
まず他の新聞をざっと見てみよう。
賛成派;
  朝日『実現へ説得力ある道筋を』(8日)
  毎日『米中動かす戦略も大事』(9日)
  東京『工程表の提示を早く』(9日)
反対派;
  読売『25%のハードルは高すぎる』(9日)
  産経『どう実現するかの説明を』(8日)。
★【産経】は25%を「とてつもない削減量である」とし、《国内産業の負担は計り知れないものがある》、《景気回復の出ばなをくじかれてはたまらない》とほぼ全面的な反対である。結びは;
《日本が突出して高い削減率を示すことにどういう意味があるのだろうか。25%削減で、国民の生活と国の経済が疲弊しても世界全体では1%減に薄まってしまう。なおかつ、努力をしない国が経済的に潤うという不条理な状況さえ生まれかねない。
地球温暖化問題は「環境冷戦」の側面すら持っている。各国の国益がかかった厳しい交渉なのである。理想を現実の鏡に照らして物事を進めるのが政治ではないか。「友愛精神」だけでは通用しない世界である。日本が重い削減義務を背負い込んだ京都議定書の二の舞いだけは避けたい》
そもそも、京都議定書からしてけしからんというのである。
★【読売】も産業界からの「景気に悪影響を及ぼす」という反対論や家計負担が増えることをあげて《国内合意がないまま、国際公約とすることは避けるべきだ》と論じる。
★【朝日】は総論賛成。ただタイトルから分るように、いろんな反対もありますよ、ちゃんと説得してくださいと注文をつけている。いわば無難な、悪く言うと腰の引けた社説だ。
《しかし重ねて強調したいのは、日本にとって「90年比25%減」という目標はそう簡単に実現できるものではないことだ。産業界からの反発は必至だ。様々な負担増が予想されるなか、国民からの異論もあろう。(略)
どのようにこの目標を達成していくのか、新政権は国内排出量取引市場や地球温暖化対策税などの具体策を早急に詰める必要がある。そのうえでロードマップをつくり、ひとつずつ着実に実行していくべきだ。(略)
肝心なのは国内世論を説得し、合意をつくり出す指導力である》と結ぶ。
★【東京】はタイトルどおり、《具体的なメニューと工程票を速やかに示すべきだ。それなしでは私たちは議論も理解もできないし、協力もできない》。産経などが指摘する「産業界の反対」に対しては、温暖化対策の進展でビジネスチャンスに期待する企業は多く、《「産業界」をひとくくりにしてはいけない》とクギをさしている。
★【毎日】は、世界の4割を排出する米中を巻き込む策を練れと注文。そして《民主党は低酸素社会のビジョンを示すことが肝心だ。それを国民が共有することによって、「25%減」のコストを、未来への投資と受け止めることができるのだ》と結ぶ。
★そして【日経】である。以上の5紙はみな、その日二つある社説の一つ、つまり半枠の社説なのに対して、【日経】は社説欄全部を使った長文の社説で全面展開している。
低炭素社会への積極策で経済成長を』(9日)。上の賛成三紙と比べ、タイトルからしてぐっと踏み込んでいる。
日経社説の特徴は、地球をどうするといった大所高所の説教ではなく、「ここで構造改革したほうが日本経済にとってはるかに得だ」つまり「国益」ですよ、と主張していることだ。そしてそのためには、技術だけでなく社会システムを変えよという。沈滞ムード漂う今の日本を元気付ける議論である。
この背景には、環境問題はヨーロッパ特に北欧が世界を引っ張ってきて、アメリカや日本が抵抗してきたという構図だったが、いまヨーロッパの国際標準に追いつかないと将来、経済成長戦略としても大きく出遅れてしまうという危機感がある。
読売と産経も「国益」を盾に反対しているが、「国益」の捕らえ方が日経と全く違うことがわかる。前2紙は今の経済構造を前提にして「困ります」と言っているのに対し、日経はもっと長いスパンで将来を見て国益論を展開しているのである。
日経がここまで主張するというということは、いわゆる財界の主流に環境先進国への「脱皮」を急ぐ意見があるのだろうか。とすれば、経団連の幹部たちはその意見を反映していないことになる。経済界が本気で乗り出すならば、日本を動かす実質的な力になるだろう。
原発の重視など、私としては同意できない点もあるが、日経の主張には今後とも注目していきたい。
日経社説の結びはこうだ。
《排出削減をひたすら企業への負荷、家計への負担とする途上国型の発想とは、そろそろ決別すべきではないか。世界の排出削減枠組みが踏み込んだものであるほど、日本の省エネ製品や省エネ技術が、世界市場に出て行く好機だと見ている経済人は少なくない。
 世界が太陽電池の利用拡大に動いていた05年、住宅の太陽光発電に対する補助を打ち切るという方向違いの政策を進め、太陽光発電世界一の座を自ら明け渡した苦い経験が日本にはある。
 技術革新と同じように、社会システムの革新もないと、負荷の少ない低炭素社会は実現しない。たとえば、キャップ・アンド・トレード型の排出量取引を、日本はまだ導入していない。欧州の制度をそっくりまねる必要はないが、このまま国際的な炭素市場のルール作りに参加できないと、国益にかかわる。
 12年前に京都議定書ができてすぐ、英国政府と英国産業界は、気候変動税や排出量取引を巡って、密な協議を始め、現在の制度の原型をつくり上げた。日本の低炭素社会も、政治と行政と産業の真摯(しんし)な本音の対話にかかっている》
全文は以下で読むことができる。http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20090908AS1K0800208092009.html