中村哲医師とアフガン6

takase222009-09-08

中村哲医師の母方の祖父は、玉井金五郎といい、火野葦平(ひの・あしへい)の小説『花と龍』の主人公である。
火野葦平は金五郎の長男で中村さんの伯父(母親の兄)にあたる。若い人は聞いたことがないかもしれないが、芥川賞を受賞し戦中には大変な人気作家だった。この小説は一世を風靡し何度も映画化された。金五郎と妻のマンを石原裕次郎浅丘ルリ子(62年写真)、中村錦之助佐久間良子(65年)、渡哲也と香山美子(72年)、92年の一番新しいテレビドラマでは高嶋政宏古手川祐子と、そうそうたる役者が演じている。ただ、任侠映画のつくりになっていて親族は大いに迷惑したという。
金五郎は、石炭の沖仲仕(おきなかし=港湾の荷揚げ作業員)の権利を擁護しようと組合「玉井組」を立ち上げた人物で、地域ボスや政治家から命を狙われたり、波乱万丈の人生だったようだ。いわば労働組合をはじめて作って財界の怒りを買ったという構図だろうか。小説のタイトルは、金五郎の腕に、花を持つ龍の彫り物があったことにちなむ。
金五郎の妻、マンも大変な豪傑だったらしい。空襲のさい、みなを疎開させて一人残り、「竹槍で焼夷弾を叩き落して家を守った」という神話があったそうだ。お祖母さんの思い出を中村さんはこう書いている。
《本家の玄関に近い部屋で長火鉢の傍らにじっと座り、長キセルでタバコを吸っている姿は、「玉井家安泰」の象徴のようで、皆に畏怖と安堵の念を与えた》
弱者は率先してかばうべきこと、職業に貴賎がないことなどの祖母マンの説教が、今も倫理観として根を張っていると中村さんは述懐している。弱者の立場に立って梃子でも動かないようなところは、祖父・祖母から受け継いだのかも知れない。
さて、中村さんは傾倒していた思想家を五人あげている。
内村鑑三宮沢賢治西田幾多郎カール・バルト、ビクトール・フランクルである。
中村さんがキリスト者になったのは内村鑑三の影響だった。とくに内村の『後世への最大遺物』という論文に感化を受けたという。ペシャワール会に来るボランティアに、この本は必読書として指定されるという。実はこのなかで、内村は土木事業を礼賛している。
《私は土木学者ではありませぬけれども、土木事業を見ることが非常に好きでございます。一つの土木事業を遺すことは、実にわれわれにとっても快楽であるし、また永遠の喜びと富とを後世に遺すことではないかと思います》
このあと、日本国内の土木事業の事例が紹介されて、自分も土木事業をやりたいと書いている。中村さんが医療より土木へと転換したのには、明らかにこの影響が見られる。
ビクトール・フランクルとは、ユダヤ人としてナチス強制収容所に送られ、その中での体験を書いた『夜と霧』で知られた心理学者だ。フランクルといえば、有名な言葉がある。
《しあわせは、けっして目標ではないし、目標であってもならないし、さらに目標であることもできません。それは結果にすぎないのです》
《私たちが「生きる意味があるか」と問うのは、はじめから誤っているのです。つまり、生きる意味を問うてはならないのです。人生こそが問いを出し私たちに問いを提起しているからです。私たちは問われている存在なのです。私たちは、人生がたえずそのときそのときに出す問い、「人生の問い」に答えなければならない、答えを出さなければならない存在なのです》
中村さんの生き方に深い所で通じているように感じられる。
(とりあえず終わり)
参考:フランクル『それでも人生にイエスと言う』