「拉致再調査の発表だけでいい」と米国は言った?

takase222008-06-18

きのうの日記に書いた、映画「クロッシング」の主人公を演じるシン・ミョンチョルの写真をネットで見つけたので、紹介する。北朝鮮の子どもの役にぴったりの純真なイメージだ。
彼は二人の死を見取る。はじめは栄養失調と結核で、自宅で母が亡くなる。つぎは彼が収容所のなかで、女友達のミソンを失う。二人の女性を亡くしたときのシン君の演技が真に迫っている。おじさんたちが多い上映会場ですすり泣く音が絶えなかった。とくにミソンが死ぬシーンは悲しく美しい。シン・ミョンチョルが瀕死のミソンを後部座席に乗せて、自転車をこぐ。彼にもたれかかるミソン。逆光のなか、自転車の二人がシルエットになる。「天国までこのままでいてほしい」とミソンがつぶやき、自転車から崩れ落ちていく。
いま発売中の「週刊現代」(6月28日号)にジャーナリストの柳在順(ユ・スジュン)氏が「北朝鮮高位幹部が本誌に暴露した日朝交渉の舞台裏」という記事を書いている。
週刊現代」は、2年ほど前に、総理になる前の安部晋三氏が北朝鮮拉致問題で取り引きしようと密使を通じて裏交渉をしていたとシリーズ特集で暴露した。これは各方面で物議をかもしたが、書いたのは柳氏と編集部だった。「反日在日」が書いたヨタ記事云々とネットで非難されたが、私は記事はほぼ事実だと思い、「スクープ」と評価した。記事が書かれるはるか前に、私は安部氏の密使役とされた人物に何度か会ったうえで、彼が依頼を受けた「証拠」もこの目で見ていたからだ。
柳在順氏は、事実をこつこつ積み重ねていくタイプではなく、独自のコネクションから情報を取ってくる手法を得意とするジャーナリストだ。彼女は北朝鮮高官に人脈を持っており、彼女の北朝鮮関係記事はこうした線からの情報を基にしている。彼女が書く記事は「要注意」である。
今回の記事では、11日と12日の日朝実務者協議についての柳氏と「北朝鮮の対日交渉担当幹部」との一問一答を載せている。
まず、今回の経緯は?との質問に北朝鮮の「交渉担当幹部」はこう答えたという。
《5月27日と28日に北京で開かれた朝米協議の席で(北朝鮮の核開発をめぐる)6カ国協議アメリカ代表のヒル国務次官が、再三にわたってわが国の6カ国協議代表・金桂寛外務副大臣に対して、日本との協議を要請してきたからだ。その時、ヒル次官補は、次のように言った。
『日本政府の調査によれば、いまだに北朝鮮国内に、日本人の拉致被害者が生存しているという。これに対して北朝鮮側が、少しだけでもいいから日本に対して誠意を示してほしい。たとえば、生存者がいるかどうか再調査すると発表するだけでいい。そのように日本政府に名分を立ててくれさえすれば、日本側の態度は一変するだろう。そして何より、アメリカは北朝鮮に対するテロ支援国指定を解除しやすくなる』
こうした要請がヒル次官補からあったから、わが方は、日本との公式協議開催に踏み切ったのだ》
また、拉致問題で譲歩できることは何もないのかとの質問には以下の答えがあったという。
《生存者の有無について再調査を約束することと、人道的な立場から、横田めぐみの娘、キム・ウンギョン(ヘギョン)を、祖父母の横田滋・早紀江夫妻と面会させることは可能だ。彼らが平壌に来るのが嫌だと言うなら、中国やシンガポールなど、第三国で面会させても構わない》
柳氏の北朝鮮コネクションは、記事として公表されることを前提に彼女に語っているはずで、そのまま鵜呑みにはできない。柳氏は去年、「11月にライス国務長官が電撃訪朝する」と予言して大外れしたこともあった。
しかし、この「北朝鮮幹部」なる人物の発言は、いまの情勢の流れに照らすと非常に信憑性があると感じる。実際に、アメリカがテロ支援国解除を約束しながら、北朝鮮の背中を押して日本と協議させたのだろう。
今回の日朝協議等の動きを「何もないより、話し合いができたのだからいいではないか」として「前進」と評価するむきがある。しかし、「再調査」は上に述べたように、北朝鮮が米国から、拉致問題で「格好だけつけてくれ」と頼まれて「約束」したものだとすれば、拉致問題の解決につながる可能性はほとんどないだろう。騙されないよう、今後の展開を注視しよう。