脱北者を描いた映画「クロッシング」

takase222008-06-17

きょう、日本で初公開された、脱北者を描いた映画「クロッシング」を観てきた。
牛込箪笥区民ホール入り口で、テレビでおなじみの宮塚利雄教授(山梨学院大学)とばったり。会場では北朝鮮問題にかかわる知り合いにたくさん会った。
映画は中国国内で無許可で撮影したシーンもあり、四年をかけてひそかに制作されたという。主演は韓国人気俳優のチャ・インピョ。以下は3月にはじめて韓国でお披露目したさいの朝鮮日報の記事より。
《映画は、北朝鮮咸鏡道の村に暮らす平凡な男ヨンス(チャ・インピョ)が妻の病気を治す薬と食料を求めて中国に渡るが、追われる身となり北朝鮮に戻ることができず、11歳になる息子のジュニ(シン・ミョンチョル)が父親を探しに出るというストーリーで、上半期の封切を予定している。
撮影は昨年7月から9月まで、韓国から中国、モンゴルまで8000キロメートルの大長征で行われた。社会的・政治的に敏感な素材であり、出演者やスタッフの中にも脱北者がいるため、企画から仕上げ作業まで4年間の制作過程は一般公開されていなかった。この日公開された映像には、残酷な現実を逃れようと奮闘する脱北者の姿が映し出されていた。
主演のチャ・インピョは、「北朝鮮ではなくほかの国でなら平凡に暮らすことのできた家庭が、貧しさと暴力、規制により崩れていく姿を見せる映画。人間らしく生きるため、生命を守るため決断した人たちの物語だ」と説明した。また、決して政治的な映画ではなく、飢えているかわいそうな子どもたちを思って出演を引き受けたと語った。
キム・テギュン監督も「政治的な映画だと誤解しないでもらいたい。それよりも人間の本質を見る映画でありたい」と話している。実際に100人以上の脱北者に会い、写真資料などを参考に6か月間にわたり調査した上でシナリオ草案を作成したという。》
http://www.wowkorea.jp/news/enter/2008/0321/10042332.html
韓国では脱北者に関するものだというと、すぐに政争に巻き込まれるので、上映には制作側が非常に気を使っている。きょうの上映の主催は、先日できたばかりの人権団体NO FENCE ( NO FENCE in NORTH KOREA )―北朝鮮強制収容所をなくすアクションの会―http://nofence.netlive.ne.jp/だが、はじめ韓国側が運動体主催に難色を示したという。それをキム監督が英断を下して実現したものだ。
私ははじめ脱北者を使った映画と聞き、正直、あまり期待していなかった。主張が先に立って、作品としてはおそまつという映画がよくあるからだ。ところが、クロッシングは、予想を裏切り、ほんとうに素晴らしい映画だった。この映画は、自信を持って、みんなに薦められる。
ステロタイプの「北朝鮮は地獄」というイメージを持っている人は、映画が始まると意外な感じを受けるはずだ。はじめに描かれるのは、北朝鮮の楽しい庶民の暮しである。暖かい家庭、職場での語らい、少年の恋・・・。ところがそれが暗転する。家族の病気と死、中国での脱北者摘発、収容所内の生活、砂漠の逃走とまさに地獄がつぎつぎに主人公を襲ってくる。
脱北者100人に取材して制作しただけあって、ディテールにいたるまでリアルだ。さらに、どこでロケーションしたのか不思議に思うほど、駅や労働者住宅、自由市場や収容所にいたるまで北朝鮮そのものである。人間同士の細やかな情愛からモンゴルの圧倒的な自然まで映像表現も巧みで、非常に演出力量にも撮影技術にも感心した。
この映画に役者人生をかけたというチャ・インピョの演技もすばらしかったが、心底すごいと思ったのが子役のシン・ミョンチョル。脱北した父を待つ間に母を亡くして、自らは「コッチェビ」(浮浪児)になり収容所に入れられたあげくモンゴルへ逃げるという悲劇の中心になる息子ジェニ役を実に見事に演じている。こんなにうまい子役を見たことがない。
演技うんぬんの前に、清純そのものの風貌で心をうつ。忠清北道の田舎出身の少年だという。五ヶ月で六百人のオーディションを行なった最後の日にスタッフの全員一致で決まったそうだ。この少年の存在でぐいぐいストーリーに引き込まれる。
会場にキム・テギュン監督(写真)が来ていたので、「中身も技術も素晴らしかった」と握手を求めた。02年に日本でも上映された映画「火山高」を監督している。
キム監督によれば、10年前に北朝鮮の5歳くらいのコッチェビが、道に落ちた麺を口に入れる映像を観たという。すぐ近くでこんなことが起きていることが信じられず、また恥ずかしかったという。今もそのショックが今も残っているそうだ。それはきっと脱北者の安哲(アンチョル)が撮影しRENKが世界にばら撒いた北朝鮮潜入映像だ。
日本発の北朝鮮情報が、韓国の監督の琴線に触れてこの映画は作られたともいえる。こうして情報は、池に落とした小石の波紋のように広がっていくのだ。
映画上映後に主催者が、「この悲劇は脱北者にとって特別なことではなく、ごく普通に起きていることです」といったのが心に残った。実際、私もこの映画のような悲劇を脱北者から聞いている。ぜひたくさんの映画館で上映してほしい。