イラク派遣で犠牲者が出なかったのは幸運にすぎない



政府・与党は、明日、衆議院の特別委員会で、安全保障関連法案を採決する方針だ。
安保関連法案は、自衛隊法や周辺事態法など現行法10本を改正して一括した「平和安全法整備法案」と「国際平和支援法案」の二つだ。
100時間審議したといっても、これだけ大量の違憲法案を、全然納得できる理由付けなく採決するのはむちゃくちゃだ。まさに無理が通れば道理引っ込む。

憲法との関係については、安倍政権は、違憲だとの批判に追い詰められ、砂川判決に逃げ込むしかなくなっている。
法案をつぶしたい側としては、砂川判決が集団的自衛権を認めたものではないことを国民の前にはっきりさせて、政府の逃げ道を断つことが一つ。
もう一つは、違憲かどうかという議論とは別に、これまでの自衛隊の海外派遣がどうだったかという事実の検証が重要だ。
とくにイラク派遣だ。イラクで一人の犠牲者も出さなかったという「成功体験」が、安保法制のもとでも「自衛隊員のリスクが増えない」などという、ありえない答弁を繰り返すことにつながっている。

ジャーナリストの布施祐仁(ふせゆうじん)氏がイラクの検証に道をひらくスクープをはなった。陸上自衛隊イラク派遣の成果と教訓をまとめた内部文書『イラク復興支援活動行動史』(2008年、400頁余り)を入手し公開したのだ。
布施氏のスクープは、いま発売中の『世界』8月号に載っており、私はこれを読んで驚いた。きょう参議院議員会館で彼の緊急記者会見があり、私も取材に行った。(写真)

第一次復興支援群長をつとめた番匠幸一郎氏(現・西部方面総監)は、『行動史』第二編の巻頭言で、もろの軍事作戦だったと言いきっている。
《派遣準備から、イラクへの展開、指揮・幕僚活動、人事、情報、兵站、復興支援活動、広報・対外連絡調整、撤収まで、振り返ってみれば、イラク派遣は、派遣部隊と本国の陸幕・関係機関・部隊等、国家と陸上自衛隊の総力をあげて行われた、本当の軍事作戦であり、我々が平素から訓練を重ね本業としている軍事組織としての真価を問われた任務だった
イラク特措法の国会審議で、小泉首相自衛隊は安全が確保される非戦闘地帯で活動する。自衛隊は戦争するのではなく、非軍事の復興支援をしに行くのだ」と言ったが、当の自衛隊は軍事作戦として任務を遂行したのだ。

布施氏によれば、文書には三つのポイントがあるという。
1) 特措法では活動地域は「非戦闘地域」としながら、自衛隊は「実戦」を想定した準備、訓練を行っていた。
2) 実際にイラク派遣は戦闘の一歩手前までいっていた。
3) 陸自の活動は多国籍軍の軍事作戦と「一体」のものであった。

例えば、2)に関してはこんな事態が書かれている。
イラクにおける迫撃砲弾やロケット弾による宿営地に対する攻撃は、本派遣の全期間に散発的ではあったが合計10回以上発生した。このうち、平成16年10月22日から翌17年7月4日までの間にサマワ宿営地内に着弾する事案が4回発生しており、実際に被害が発生している。平成16年10月31日、現地時間午後10時30分頃に発射されたロケット弾は、駐屯地内の地面に衝突した後、鉄製の荷物用コンテナを貫通して土嚢にあたり宿営地外に抜けており、一つ間違えば甚大な被害に結びついた可能性もあった。》
ロケット弾の破片が、コンテナの鉄製の外壁を貫通するほどの威力だったとすれば、人命にかかわる大事故になった可能性は十分ある。
他のあわや!という事例もあり、イラクで犠牲を出さなかったのは、本当に幸運だったのだなと思う。イラクで大丈夫だったから、これからも・・とはならない。日本は、これまで、そもそもアメリカの言いなりにイラク自衛隊を派遣すべきだったかどうか、そして現地でいったい何があり、どんなことが行われたのかを検証してこなかった。
私たちが初めて知る事が満載の『行動史』だが、これまで議員が要求して出てきた資料は多くの箇所が黒塗りだったという。(写真)

国会に正確な事実を知らせようとしなかったわけだ。国会を軽視し、政府だけでどんどん決めていく安倍内閣の姿勢がよくわかる。特定秘密保護法の施行で、これはいっそう酷くなっている。
共産党が、4日前に、『行動史』全文を入手して国会の質問で使い始めたが、この実態はもっともっと国民に知らせなくては。穀田議員の追及は核心をついており、この質問は広く拡散したい。
https://www.youtube.com/watch?v=ZbhuMwB58Do

さて、きょうの国際ニュースのトップは、「イラン核協議最終合意」
すばらしい。
今のNPT体制の下で、はじめて、交渉によって核兵器開発をふせぐ合意ができたという意味で、歴史的なものだ。大きな目で見て、中東を安定化にむかわせるし、イラン国内の改革派を勢いづかせる効果も出てこよう。イスラエルとサウジの反発には要注意だが。
私はイランを取材して、「イランは『中東の北朝鮮』ではなかった」という一文を週刊誌に書き、この国とは交渉による解決が十分可能だと主張したことがある。そのとおりになった。http://d.hatena.ne.jp/takase22/20090608

安倍首相が繰り返し持ち出す「ホルムズ海峡の機雷封鎖」など、「妄想もいいかげんにしなさい!」と言いたい。