水俣病救済法案によせて

水俣病救済法案が可決される見通しになった。
水俣病の未認定患者救済法案を巡り、与党(自民、公明)と民主党の幹部協議が2日、国会で開かれ、救済対象の範囲を大幅に拡大することや原因企業「チッソ」(東京)の分社化手続きを厳格化することなどを盛り込んだ修正法案に合意した。今国会での法案成立は確実となった。
 公害の原点とされる水俣病問題は公式確認から53年を経て、1995年の村山内閣での政治決着に続き、2度目の政治決着が実現することになった。(略)四肢末梢優位の感覚障害に限定した95年の政治決着で救済されたのは約1万人だった。(略)環境省幹部は「大半の未認定患者が救済されることになる」としている。救済法案は、新潟水俣病も対象としている。(略)一時金の額は与党150万円、民主党300万円を提示。95年の政治決着時は260万円で、これを超えない範囲で与党案の150万円から増額する見通し。》(読売新聞)

水俣病には特別な思いがある。私は高校生のとき、映画で水俣病を知って義憤に燃え、その日のうちに、社会を変える弁護士になろうと決意した。結果は、弁護士にはならずに活動家になっただけだったが。http://d.hatena.ne.jp/takase22/20080706
水俣病は1956年に発生したとされるから、もう半世紀以上も経っている。この法案は、患者として正式認定することなく、膨大に存在する未認定患者にわずかのお金を握らせて政治決着しようというものである。まだ救済は終わっていないのに幕引きしようとするのだ。
思えば水俣病は、病気発生から十年以上も、ほとんど手が打たれずに被害が拡大した。どんどん病人が出るのに、工場排水と病気との因果関係が証明されないかぎり、工場に責任はないという企業側の言い分に国も同調した。
企業側が因果関係はまだ「科学的に証明されていない」と主張し、排水垂れ流しを続けるというのは、水俣病にかぎらず、公害問題でのパターンだが、ここで「科学的」と言っているのは「病理学的」因果関係を指す。
これを突き崩すのは大変だ。特定の原因物質の作用メカニズムが解明されないと「病理学的」因果関係は証明できないのだ。気の遠くなるほどの時間と労力が必要で、救済がどんどん遅れてしまう。
そこで、「疫学的」因果関係という考え方が導入され、これが企業の責任を問う画期的な転機になっていった。集団観察によって状況的に責任の所在を突き止めていく手法である。
例えば、タバコとがんの因果関係は「病理学的」にはまだ解明されていない。
タバコの煙ととともに体内に入る数十種類にも及ぶ物質のうち、どれとどれが体のどこに作用してがんを生じさせるのかはまだ突き止められていない。人体は複雑である。一般にはがんを予防するといわれてきたベータカロチンを喫煙者が摂取すると、不思議にも肺がんの発生率が上がることが最近分ったが、体内の化学反応のすべてを全面的に解明することは困難だ。
とはいえ、「タバコでがんになる」ことはいま常識になっている。「疫学的」な因果関係がとっくに解明されているからだ。タバコを吸うグループと吸わないグループを他の条件を同じにしてがんの発生率を比べれば答えはすぐに出る。「病理学的」な因果関係は未解明であっても、タバコを吸うことががんを促進する「疫学的」な因果関係は証明できる。
最初から「疫学的」な考え方で対処すれば、早く責任の所在を明らかにして救済のための行動を取れるのである。
水俣病救済の遅さに愕然としながら、公害問題にかぎらず、早く責任を取って被害に手をうつことをしない風潮が世の中に蔓延しているのではないかと思った。「原因はまだ全面的には明らかになっていない」と言いながら、ずるずる解決を引き延ばすエライさんたちがたくさんいるではないか。