銃犯罪続発の背景その6

稲葉警部はなぜ、覚醒剤の密売にまで手を染めたのか。ここに「裏金」問題がからんでくる。
北海道警察最高幹部の原田宏二さんは、かつて稲葉氏の上司で仲人もしている。いま、服役中の稲葉氏と文通しているが、手紙で彼はこう書いているという。(原田宏二『警察内部告発者』講談社120頁以下、S=エスとはスパイの略で協力者のこと)
「人を使うということは、カネがかかるんです。お茶代、メシ代、小遣い、その他と。俺には大勢のSがいました。・・カネに困りゃあ必ず俺のところに相談に来る。・・最初は自分の小遣いから出していました。そのうちに給料からの天引き預金から、役所からの借金から、・・金融公庫からの借金から。・・
自分でカネを作るのは、役所が面倒を見ないからの一言に尽きるが、当時それが当たり前だった。人、物、カネを要求するのは組織ではタブーですから。拳銃を買ってでも出せといっても、カネがいります。・・」
《拳銃を買ってでも出せ》とまでプレッシャーをかけられた拳銃摘発のために、たくさんのエスを抱え、巨額の金が必要だった。その金は警察から出ないから、稲葉氏が個人的にまかなっていた。これでは生活が破綻するに決まっている。真面目にやればやるほど、追い詰められていくはずだ。
稲葉事件は、5ヶ月の短い裁判で「懲役9、罰金160万円」の判決がでて、稲葉警部の個人的な問題とされ、組織としての責任は追及されなかった。稲葉事件で、原田さんは、事件の真実を隠蔽した道警上層部への激しい怒りをいだき、裏金を告発するにいたる。
警視庁で経理を担当していた大内顕氏は、「拳銃捜査には、国から潤沢な捜査費予算が付いているにもかかわらず、そのカネが現場には流れないで、幹部がポケットに入れている。これが現場の警察官の首を締め、悲劇を生んでいる。稲葉事件は、1人の服役者と2人の自殺者を出して決着した。捜査とカネという問題には、まったくメスが入らなかった。このままでは、第2の稲葉、方川、渡辺が必ず生まれる」と言う。(http://incidents.cocolog-nifty.com/the_incidents/2006/03/25brx_0bb4.html
原田宏二さんは「平成の刀狩り」以降の月日を《失われた10年》と呼ぶ。そして数のノルマだけ追及した結果、本当に摘発しなければならない拳銃は摘発されてこなかったという。
「捜査上の技術がこの10年で失われていったんですよ。そのつけが今来てるんですよ。大勢の犠牲者を出したんですよ。稲葉を始め、大宅さんもそうだし。捜査技術も失ったし、捜査員も失っていったんですよ」
この言葉は重い。その結果が摘発が進まず、銃が野放しになっていくことにつながっているのだ。
警察官は大変な仕事だと思う。元旦も初詣の警備で休めないことが多い。長崎の大宅さんは家族旅行というものをしたことがないという。真面目な警察官もたくさんいると思う。信頼できる組織にぜひ再生してほしい。
ではどうしたらいいのか。原田さんはこういう。
《僕は警察っていうのは、特別格好のいい仕事でもないし、非常に愚直であるべきだと思うんですよ。もっと泥臭くていいと思うんですよ。
愚直にやってく。そして間違ったときは「すみません」と言える組織であってほしいと思うんですよ。責任取らなきゃならなくなったら、上の方が責任取ればいいんですよ。それなくしてね、どんなうまいこと言っても信頼なんか回復しませんよ》

これはどんな組織にも当てはまることではないだろうか。