もう一つの「テロとの戦い」−チェチェン

 チェチェンカスピ海の西、コーカサス山脈の北にある小さな国で、1991年に独立を宣言したが、独立を認めないロシアが攻め込んで戦争が起きている。ロシア連邦政府は「戦争」ではなくテロとの戦いだという。これは、いま世界で進行する戦争・紛争のなかでも、最も残虐なものの一つだ。

 イラクでの事態は、制限はあるが現地情報が外に出てくる。それに対し、チェチェンはロシアによって封鎖され、ジャーナリスト、特に外国人は入ることができず、実態はほとんど世界に知られていない。
 現地に入った数少ない外国人ジャーナリストの中には、遠藤正雄、常岡浩介、林克明などの勇敢な日本人フリーランスがいる。彼らの報告によれば、チェチェンでは「民族絶滅」の試みが進行中だという。94年からの戦争で、人口100万人と言われたチェチェンで、最低でも10万人、おそらく30万人という異様な数の犠牲者が出たと推定されている。

 ロシア軍の占領統治の残酷さを示す例の一つが「掃討作戦」だ。ロシア軍が村々を包囲し「10歳から60歳代にいたる男性をすべて拘束して尋問、一時的な収容所に収容して尋問と拷問にかけ、場合によっては逮捕者の多数を殺害する」というもの。この拷問たるや残虐きわまりなく、半分以上が殺され、生き残っても重い身体的・精神的障害が残るケースが多いという。(林・大富『チェチェンで何が起こっているのか』高文研より)
 拘束された者を家族が取り戻すときには必ず身代金が要求される。殺害された場合には、遺体引取り料が必要となる。民族全体をいたぶりながら抹殺しようとしているとしか考えられない。

ポリトコフスカヤ記者を悼む集会で(2021年10月7日) GLOBE 20211226

 チェチェンで起こっている真実を伝えようとするジャーナリストたちには、圧力が加えられ、場合によっては物理的に抹殺される。暗殺された一人に、女性ジャーナリスト、アンナ・ポリトコフスカヤがいる。
 映画「暗殺・リトビンコ事件」に、ジャーナリスト、アンナ・ポリトコフスカヤが登場する。彼女の政権批判はチェチェン問題を中心テーマにしていた。2006年10月7日、モスクワ市内の自宅アパートのエレベーター内で射殺体で発見された。ロシアでは1999年以降、およそ130名のジャーナリストが死亡または行方不明となっているという。