「今の日本は喜劇が成り立たない時代」(山田洋次監督)

 インターネット上では「表現の自由」のもとに口汚い罵りや敵対心を煽る言葉があふれている。人種や民族を差別する寒々とした投稿も目立つ。

 映画「男はつらいよ」の原作者の山田洋次監督(94)が、歿後30年になる渥美清さんを偲びながら、人と人が会って対話するリアルコミュニケーションについて語っている。(朝日新聞5日朝刊の多摩版)

5日朝刊

 「それを言っちゃあ、おしまいよ」という名セリフは渥美さんのアドリブだったという。ケンカしている時においちゃんが叫ぶ「寅、お前なんか出ていけ!」に対して寅が言うセリフだが、「僕はとても面白い言い方だと思ったんです。けんかしていても、言っていいことと悪いことを区別していたということがね」と山田監督。

 ひどい悪口を言い合っても、仲直りをすれば修復できる仲間同士なんだ、という約束事の上でケンカしてるのだから、「出ていけ」は禁句だろうという意味が込められている。

 つまり、人間のモラルというのはそういう密な人間関係の中で育まれるというのだ。いま私たちからリアルなコミュニティが失われていることを山田監督は憂いている。

 「寅さんの映画は、葛飾柴又という地域社会と、団子屋という家庭のコミュニティーがあり、そこへ愚かしいほどフリーな人間の寅さんが帰ってきて、俺も一員だぞと言って不都合が起きてしまう。でも、この家の人たちはみんな賢いから、懸命に寅を仲間にしようと苦労する。

 観客は見ながら、かつてそういうコミュニティーがあったな、それが人間の暮らしだったなと、胸が痛くなるほど懐かしくなる。そういう映画だったんだと思うね。

 半世紀前、1世紀前は、それが日々の暮らしってものだったんだ。買い物に行くというと、お豆腐屋さんがいらっしゃい、と声をかけ、なじみの魚屋さんが包丁で魚をさばいてくれる。それが生活だった。

 いまコンビニに行くとお金は機械に入れなきゃいけない。レストランではタッチパネルで注文する。「いらっしゃい。おばあちゃん、病気治った?」なんていうお店の会話は消えています。

 だから、渥美さんのような優れたコメディアンがいても、いまの日本で喜劇はなかなか成り立たない。地域と家庭のコミュニティーが崩れちゃっているから。警備システムのマンションじゃだめなんですよ、寅さんの世界はね。」

 地域のコミュニティの活性化を!という掛け声だけはよく耳にするし、将来の超々高齢化社会では地域での助け合いなしには暮らしが成り立たなくなるのは明白なのだが、実態は、リアルな人間関係が否応なしにどんどん失われていく。

 効率化とそれをめざす競争がこうした社会を作ってきたのだろう。

 自己責任、非正規雇用、生産性 寅さんだったら何て言うかな (俵万智)

 また、「男はつらいよ」を観たくなった。私の好きなのは大地喜和子がマドンナの『寅次郎夕焼け小焼け』(1976年)で、宇野重吉と岡田嘉子の絡みもじんと来る。