高市首相関連の報道が萎縮する理由

 高市早苗内閣発足以来、首相の言動に振り回される日々がつづく。

 南アフリカで開催されるG20ヨハネスブルグ・サミットに向かう途中、「外交交渉でマウント取れる服、無理をしてでも買わなくてはいかんかもなぁ」とつぶやく高市首相のコメントはSNSで炎上。

https://x.com/takaichi_sanae/status/1991868827840491586

高市氏のXより

 外交を「マウントを取ること」と公言する幼児性は、彼女がノーベル平和賞に推薦したいという宗主国のトップとそっくりだが、結果、マウント取るどころか、遅刻するわ、夕食会には欠席するわで、「税金で外交やってるんだから、ちゃんとやって」との批判を受けた。

 それよりも、大きな問題になっている例の「存立危機事態」発言。首相という立場をわきまえない発言だとの批判がまっとうだと思う。

サンデーモーニングより

 この問題については、国家間の約束事をしっかり押さえよと大田英昭氏が連日FBで鋭い発信をしている。

www.facebook.com


 大田氏は長年中国の大学で教鞭をとっており、この発言の深刻さを実感するのだろう。

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 日本のメディアの劣化、権力迎合ぶりも酷いもので、高市発言について「読売」の社説がこう書いた。

 「米国は戦略的に台湾有事への対応を曖昧にしているが、台湾海峡が封鎖される事態となれば米国の安全にも影響を及ぼそう。台湾有事が存立危機事態になり得る、という首相の認識は理解できる。

 ただ、危機に際しての意思決定に関する発言には慎重さが求められよう。首相がその後、「具体的な事態に言及したのは反省点だ」と釈明したのは適切と言える。

 立民は首相の答弁に「危険性を感じた」として撤回を求めている。だが、しつこく首相に見解をただしたのは立民自身だ。答弁を迫った上で、答弁したら撤回を迫るとは、何が目的なのか。

 とにもかくにも批判の材料を作りたいということだとしても、安保政策を政局に利用しようとするなどもってのほかだ。」
https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20251113-OYT1T50009/

 実際は、質問に立った岡田克也議員は、高市首相が「戦艦を使って、そして武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得るケースである」と答えたのに対し、「これはまずいな」と思い、さらなる追求を止めたという。これ以上しゃべらせるとヤバいと思ったのだ。

 国会が安全保障のもっとも深刻な状況(武力行使)がいかなる事態に起きるかと新政権に聞くのは当然である。しかも、高市氏がこれまでの政府内合意から踏み出す発言をしばしばしてきたからには、安全保障に関するスタンスを確認するのは必須でもあった。それなのに読売の社説は、軍事に関わることは黙ってろ、関係者(つまり権力者と軍人)に任せなさいといわんばかりだ。

 まるで、戦前の統帥権天皇が陸海軍を指揮・命令する権限―当時の憲法の第11条に規定されていた)を讃えるかのような主張。統帥権は「内閣の輔弼(ほひつ)」の対象外で、シビリアンコントロールが全くきかなかった。それが国民を戦争に引っ張っていった歴史を思い起こしたい。
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 高市政権になって、日本のメディアが萎縮し、忖度する、さらには政権に迎合する傾向が強まっているように思われる。

 物価高が止まらないが、テレビはまるで自然災害のように扱い、この物価高、どうやりくりしましょうか、しょうがないね、といった報じ方だ。高市政権のせいで円安が急激に進んで(首相になる前から10円下がっている)それが物価をさらに押し上げている。つまり政治に責任があるのに、それを追及しない。

 その一つの背景に、高市氏への批判的報道に対する組織的恫喝があるとの指摘がある。

 例えば、日テレの「奈良のシカ」発言検証へのSNS上での集団的な批判だ。

 9月の総裁選で、高市氏が奈良のシカへの暴行を「外国人によるもの」として問題提起したのに対し、日本テレビnews everyなどが、現地取材で「暴行の事実を外国人観光客と断定できない」「攻撃的な観光客は見かけない」との証言を報じた。この検証報道に対し、SNS上では「高市潰しだ」「やらせだ」「偏向報道だ」との攻撃で炎上した。

 海外と比べて、日本メディアの脆弱性は際立っているとの指摘がある。

 「日本のテレビ局や新聞社が、特定の政治家を少しでも批判すると、 一斉に大量の苦情が押し寄せる。

 高市早苗首相に関する報道は、その典型だ。わずかな指摘でも抗議が殺到し、制作現場では 「もう触れないほうが安全だ」 という空気が広がっている。

 だが、これは単なる“熱心な支持者の反応”ではない。実態としては、 組織的なメール爆撃や電話攻撃が、番組内容を実質的にコントロールしている という危険な構造が存在する。

 そしてさらに深刻なのは、 日本の制度が、この“量による圧力”を民主主義への妨害として扱う枠組みを一切持っていない という事実だ。」

 そして、次のように論じている。

 ・放送法4条が「政治的公平」を口実に圧力の道具にされる

 ・メディアを守る法律が存在しない

 ・苦情攻撃の規制も存在しない

 制度的に、 メディアがもっとも無防備な国 になっている。

 また、海外のジャーナリストは“政権批判は仕事”という自覚が強い。

 欧米では、「権力を監視すること」は記者の職業倫理そのものだ。

 批判される=仕事している証拠/圧力が来る=むしろ誇り、という感覚が共有されている。

 日本では:

 ・苦情がそのまま個人攻撃に変わる
 ・現場の負担が重い
 ・上層部が「波風立てるな」と萎縮

 こうして、心理的負荷が政権批判を抑制してしまう。・・・

 当たっているだけに怖い。

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