参政党の大躍進によせて

 今回の参議院選挙の注目点は何といっても参政党の大躍進だった。

 マスコミの下馬評で躍進確実と報じられていたが、実際に当選した議員たちの人数と彼らの言動を見ると、警戒感を抱かざるを得ない。

 数字はさらにおそろしい。

 政党名での得票では自民に次いで第2位!
 選挙区での得票率でも自民に付継ぐ第2位。比例区での得票率が自民、国民に次いで第3位である。

朝日新聞より)


 立憲がはっきりと後塵を拝している。参政党は、これまでの「右狙い」で新規に立ち上げた政党や政治団体とは全く異なっている。

 参政党の得票率を見ると全国でまんべんなく得票できている。

 ほとんどの県で10%超を取っている。自民王国の鹿児島県で23.8%をとり、10〜40代の若年層でトップの支持を得るなど、地方で驚くほど得票している。革新系の強い沖縄で19.5%というのも驚異的だ。全国に支部があって党員が8万人いるという。

 関西政党から脱しきれない維新とはこの点で異なる。日本保守党やN党は脅威と思わないが参政党は要警戒だ。

 人権や民主守護といった価値、また弱者も含めて共生していこうという基本的な人道の思想とはかけ離れたところにいると思う。

 維新から参政党に移って当選した梅村みずほ議員が、入管による治療拒否で亡くなったスリランカ人のウィシュマ・サンダマリさんについて、「ハンガーストライキによる体調不良で亡くなったかもしれない」、「詐病の可能性」などと国会で発言したことは決して忘れてはならない。言葉の真の意味で「人でなし」である。

 参政党の躍進を見て、かつてナチス国家社会主義ドイツ労働者党)がドイツで権力を握った経緯を想起してしまった

 1929年の世界恐慌で失業者が急増。国民の不満が高まる一方で、ワイマール共和国の民主政のもと、政党が乱立して安定した多数派を形成できず、首相が短期間で交代する政治的混乱が続いていた。

 ナチスは経済不安や共産主義への恐怖を利用し、「秩序と国家再建」を掲げて急成長。1932年の選挙でナチスは第一党になった。過半数には届かなかったものの、保守系ドイツ国家人民党(DNVP)などと組んで連立政権を樹立。大統領ヒンデンブルクや保守派は、「ヒトラーを首相に任命してもコントロールできる」とナチスの人気を利用しようと考え、1933年1月30日、ヒトラーが首相に任命された。

 首相就任直後に「国会議事堂放火事件」が起き、これを口実に共産党などが弾圧され、1933年3月、全権委任法が可決された。ヒトラー内閣が国会を通さずに法律を制定できるようになり、ここで独裁体制が成立した。

 ナチスは合法的に権力につき、独裁へと突き進んでいった。ナチスがドイツで政権を握るにあたっては、他の政党との政治的駆け引きや協力が大きな役割を果したのである。

 参政党をナチス自民党ドイツ国家人民党になぞらえるのは短絡的だろうか

 とにかく、要警戒!

 これからは、参政党がなぜ躍進したのかを検討していきたい。このブログでトランプ現象について書いたが、「人々がウソに騙されたから」という理由付けでなく、参政党が人々を引き付けるのはなぜかという本質的な考察が必要だと思う。