国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」(RSF、本部パリ)は2日、2025年の世界各国の報道自由度ランキングを発表した。対象180カ国・地域のうち、日本は66位で昨年から四つ順位を上げたが、先進7カ国(G7)で最下位だった。首位は9年連続でノルウェー。
トランプ大統領が再選した米国は二つ順位を下げて57位で、G7で日本の次に低かった。ホワイトハウスからのAP通信記者の排除などを例に挙げ、報道の自由が後退していると批判した。ローカルニュースの著しい衰退も指摘した。
日本については、報道の自由と多様性が一般的に尊重されているものの、政府と企業が主要メディアの経営陣に圧力をかけることが常態化していると指摘。昨年と同様、記者クラブ制度がメディアの自己検閲や外国人記者らへの差別につながっていると批判した。
ウクライナは62位でロシアは171位。イスラエルは112位。中国が178位で、北朝鮮は179位。最下位はアフリカのエリトリアだった。(共同)
ウクライナが日本を抜いたのは去年だが、今年も日本より自由度が高く評価された。ウクライナが戦時下、しかもきわめて戦況が厳しいなかで報道の自由が尊重されているのは驚嘆に値する。
拙著『ウクライナはなぜ戦い続けるのか』(旬報社、2024年)で私は、ウクライナでの報道の自由は、政権との緊張関係や記者たち自身の「自主規制」への反省など日々の活動営のなかで培われてきたことを指摘し、『ウクライナ・プラウダ』のセウヒリ・ムサイエワ編集長の言葉を引用した。
彼女は20代から編集長をつとめるやり手だが、芯の通ったジャーナリストとして尊敬に値する。
以下は2023年3月に『朝日新聞』が配信した彼女のインタビュー記事《「事実と民主主義を手に戦う」 ウクライナ・プラウダ編集長の決意》(キーウ=喜田尚)の一部である。https://www.asahi.com/articles/ASR3751V9R33UHBI03M.html?iref=pc_photo_gallery_bottom
ロシアの全面侵攻を受けるウクライナでは1991年の独立後、言論の自由が大きく国の方向を左右してきた。ただメディアの歩みは腐敗や圧力との戦いだった。戦時体制下の今、メディアに何が起きているのか。代表的なインターネットメディア「ウクライナ・プラウダ」編集長のセウヒリ・ムサイエワさんに聞いた。
――戦時体制下で、ウクライナのメディアにはどんな影響が出ていますか。
「たとえば、我々はウクライナ軍の死傷者の数は報じません。戦時では機密情報にあたり、我々はそうした制約を受け入れています。ただ、私たちが今議論しているのは外からの圧力ではなく、記者たちによる自己規制についてです。たとえば、汚職を報じることが欧米の不信を引き起こし、ウクライナに対する国際的な支援を壊してしまうのではないか、と記者自身が恐れる問題です」
――ロシアが侵攻する今、政府への批判はロシアを利する可能性があるということですね。バランスをどう考えますか。
「戦時下では、人々もジャーナリズムに対して批判的になる。ある種の記事について見せない方がよいこともある、というのです。ロシア兵による性的暴力の告発に力を入れたリュドミラ・デニソワ氏が昨年5月に議会が指名する人権オンブズマンを解任された問題で、私はそれを体験しました」
「私たちは取材の結果、彼女がロシア兵による性的暴力のいくつかのケースでウソをつき、国連児童基金(UNICEF)の資金を不正に受け取っていたことをつかみ、報じました。彼女が告発したケースは多くが事実でしたが、そうでないものもあったのです」
「多くの人々がこの報道や報じた記者を強く批判しました。今はこれを報じるときではない、と。しかし、我々は事実と民主主義の価値を手に戦っています。私はこういうケースにおいてこそ、我々はロシアとは違うんだということを見せなければならない、と考えます」
増した当局のコントロール
――侵攻後、ウクライナのテレビ局各局は「テレマラソン・合同ニュース」という取り組みを始めました。ロシアの情報戦に対抗し、国民のパニックを防ごうと、多くのチャンネルが一定時間、同時に同じ番組を放送しています。
「作ったのは、侵攻が始まった際のそれぞれのテレビ局幹部の考えです。当初は私もいい考えだと思いました。戦争の初期では『一つの声』になることがとても重要でした。しかし、時間がたつと、汚職などいくつかの重要なトピックを扱わなくなりました」
「戦争下のジャーナリズムが平和時のジャーナリズムと異なることは理解しています。しかし、テレマラソンは結果的に当局にコントロールされてしまっています。国の役割が増し、テレビに対する影響力が大きくなりました。汚職を扱わないというのは正常ではありません。政府批判も聞かれず、私の友人の人権擁護活動家には『人々は、ウクライナの人権擁護活動家の発言をテレマラソンではなく、CNNで聞く』と言われます」
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ウクライナが「言論の自由」を大事にするのは、かつてのロシアのような専制的な社会に決して戻らないという国民の合意である。この戦争は、どういう社会を選ぶかの戦いでもあるのだ。
あれから2年が経ち、ロシアの攻撃による被害額がどんどん膨れ上がり、先日のニュースでは2022年9月の14兆円から24年末には25兆円に増加したと報じられた。これは日本の東日本大震災とほぼ同額だという。
ロシアの全面侵攻から3年超となり、戦況もいっそう厳しくなるなか、セウヒリ・ムサイエワさんはどう考えているのか。今年2月の『選択』にインタビューが載った。同じジャーナリストとして、戦争と報道の関係を考える上で興味深いので、メモ代わりにここに記す。
Q:ロシアの侵略がほぼ三年続き、報道はどう変わってきましたか。
ムサイエワ:2022年の侵略直後は挙国一致で敵に立ち向かい、メディアも全面的に政府を支持した。我々は特にロシアの戦争犯罪の調査報道に注力した。しかし、その年の四月にキーウ州が解放されると、政府が権力を集中させ、自己利益を優先させるような面が出てきて、汚職も続いていた。同年十月に政府調達を巡って東部の州で起きた汚職について、侵略後の国内メディアとしては初めて告発した。戦争に費やすべき資金が盗まれれば負けてしまう。批判も受けたが、特に前線の兵士から支持された。その後も国防省の横領疑惑の報道などで、メディアの自主規制は徐々に解けた。
Q:戦時下での報道のバランスをどう考えますか。
ムサイエワ:メディアは「権力の監視人」であると自負しているが、戦争への影響も考えるべきだ。特に侵略者への抵抗の象徴であるべき大統領の批判には慎重にならざるをえない。選挙で選ばれていない大統領側近の巨大な権力、軍の人事などには疑問を持つが、大統領の正当性は傷つけてはならないという理解がある。それこそロシアが望んでいることだからだ。ゼレンスキー大統領への支持は、彼個人というよりは、大統領制度への支持だ。権力闘争の間にソ連に独立を奪われた二十世紀初頭の苦い経験もある。
Q:戦況が厳しいなかで、最近は軍の問題に切り込む報道も目立ちまず。
ムサイエワ:戦争疲れで、悪い情報から目を背ける風潮がある。捕虜となった兵士がロシア軍に処刑された事件の報道では批判を受けた。一方で、兵士からは現実を伝えてくれという強い要望がある。ロシア軍が占領するヘルソン州のドニプロ川東岸への渡河作戦の失敗を巡る調査報道へのアクセス数は27万に達した。誰もが親族や知人が戦場におり、真実を求めている確信している。単なる告発でなく、状況を改善に向かわせる切り口を意識している。過去にも新兵の訓練の実態を報じた後に、訓練期間が延長された。軍内部の裏切りなど、いまは書けない話もあるが、これは戦後に報じる。
Q:昨年十月には報道の自由への脅威について告発しましたね。
ムサイエワ:汚職報道をきっかけに、記者故人が攻撃されたり、広告主や企画するイベントへの参加者が圧力を受けたりした。国際社会でのウクライナのイメージを悪化させる恐れもあって黙ってきたが、公にした。西側パートナーの目は政府への牽制となり、独立メディアを守る手段になる。告発後、大統領府のオフレコ会見から外されたままだが、広告主らへの圧力は多少和らいだ。
Q:真偽不明の情報を含むSNSを情報源とする人が増えています。
ムサイエワ:テレグラムのチャンネルなどに我々も読者を奪われている。一部は内部情報に通じており、一番関心の高いミサイルやドローンの飛来情報をいち早く伝え、読者を引き付ける。戦争疲れで調査報道など重いニュースを避ける傾向もある。しかし、もし停戦交渉に入り、政治プロセスが焦点となれば、読者は戻ってくる。批評と分析が必要になるからだ。交渉がどう展開するかが予測できないがウクライナ人自身が決めるべきことであり、意見を発信していく。汚職など多くの課題もある。市民社会の一員として不正を追及することが我々の存在意義だ。
ここウクライナにもまた、凛として屹立する個人がいる。