中国当局の政策を映像で支える日本人

 ここ数日冷え込んでいる。節季は霜降(そうこう)。霜が降りはじめる頃だ。

 初候「霜始降(しも、はじめてふる)」が23日から。28日からが次候「霎時施(こさめ 、ときどきふる)」。11月2日からが末候「楓蔦黄(もみじ、つた、きばむ)」。

 どこかの山に紅葉を見に行きたい。
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 先週土曜日の中国共産党大会閉幕式での胡錦濤前総書記が途中退席させられたシーンは異様だった。体調不良あるいは党内対立か、と原因が不明だが、明らかに退席を強いているように見えること、取材陣が会場に入った直後にこれが起きていることがさまざまな憶測を呼んでいる。

 シンガポールのメディアが撮影した映像が興味深い。

FNNニュースより

 机上の赤い表紙の書類を見ようとする胡氏を、左隣の栗戦書全人代常務委員長が制止して書類を引き寄せた。さらに、右隣の習近平総書記の手元の書類へ手を伸ばした胡氏が再び制止されたように見える。そこに係の男性が習主席の元にやってきて、指示に耳を傾けている。習主席は、隣の胡氏に目を向け、その様子を気にしているようだが、退任が決まった李克強首相は前を見るばかり。その後、係の男性が再び習主席の横に来ると、習主席は手ぶりも交えて指示を出すが、一方の胡氏は、ほとんど身動きをしない。
李首相はじめ他の幹部らもこのやり取りに関心さなげに前を向いている。まるで予知していたかのように。

 大会の議事の円滑な進行を見せたければ、カメラが入る前に胡錦涛氏を退席させておけばよいのに、わざわざ撮影させている。オレに逆らったらどうなるかわかるか、と見せしめにしたとの推測もできる。

 翌日決まった人事を見ると、露骨な習近平個人独裁体制だ。この政権の行方を考えると恐ろしくなる。
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 『文藝春秋』11月号に安田峰俊氏の「『親中日本人』の言い分を聞いてみた」が載っていて興味深く読んだ。

bunshun.jp


 ここで言う「親中」とは中国の歴史や文化のみならず、共産党政権やその政策をも好意的に評価する人のことだ。

 半世紀前、毛沢東体制を賛美していた日中友好人士の時代以来、久しぶりに親中日本人の存在が目立っていると安田氏はいう。

 《往年の日中友好人士の動機には、社会主義への理想や日本の対中侵略への贖罪意識があった。ならば令和時代の「親中日本人」を動かす理由は何か。》という安田氏の問題意識はおもしろい。

 ここには「親中日本人」の代表として取り上げられているのが、昔からよく知っている人物だった。ドキュメンタリー監督の竹内亮氏(43)。彼は中国人女性と結婚して南京に移住し、映像制作会社を立ち上げて大成功を収めている。

 中国に住む前、竹内さんにいくつもの番組の制作をお願いした仲である。若手の実力派ディレクターとして私たちのあいだでは期待されていた。

 竹内氏は中国に移住した直後は、日本からの撮影、コーディネートなどの依頼仕事を奥さんとともに受けており、私も当時、中国でのイベントの取材を彼に頼んだことがあった。次第に中国に暮らす日本人、日本に暮らす中国人をドキュメンタリーにしてネット配信する業務で人気を博し、従業員をどんどん増やしていった。

 安田氏の取材によれば、2020年のコロナ禍で、竹内氏の中国当局との蜜月がはじまるという。

 20年の《6月に武漢市のコロナ復興を描いた『好久不見、武漢』(お久しぶりです、武漢)、翌年1月には中国が防疫政策に成功してコロナ後の時代に入ったとする『後疫情時代』(アフターコロナ時代)などの映像作品を次々と発表する。いずれも政策のポジティブ面を伝え、初動の混乱で生じた市民の被害やロックダウン下の人権侵害にはほぼ言及しない内容だ。

 当時、中国当局は自国の国民管理体制に由来したコロナ対策の正しさを誇っており、竹内の作品はそうした見解を強く補強する内容だった。

 結果、彼は中国で一気に名を知られていく。まず2020年12月30日、党中央機関紙『人民日報』ウェブ版がトップ記事で彼を報道。さらに2021年1月6日には、中国外交部の記者会見で華春瑩報道官が『後疫情時代』を名指しで「中国の取り組みの真実を偏見なく記録した」と大絶賛した。

 いっぽう、竹内は同年2月12日、「世界で一番手に入れるのが難しい」(本人ツイッター)とされる中国の永住権(永久居留身分証)を取得。同年5月17日には、なんと中国の公務員試験で「竹内亮」の名前を選択する問題までも出題された。》

竹内氏はひんぱんにファンの集いを開いている。若い中国人の間で彼の人気は絶大だ。(文藝春秋より)

 いま、竹内氏の会社『和之夢』の収益は中国企業の協力作品あるいは広告映像が主になっているという。

 さらに彼は米国から締め出されたあのファーウェイが制作費を出した『華為100張面孔』(ファーウェイ百面相)という番組を7本作っている。これは22年3月12日、SNS『微博(ウエイボオ)』の動画再生数が全中国で1位を記録し多くの中国人に支持された作品だという。

 竹内氏は米国がファーウェイにかけた疑惑を晴らす役割を果たしていることになる。中国人ではなく、日本人が作る作品であることで、絶大な説得力をもつ。国策を強力に後押ししてくれる得難い助っ人外国人になっているわけだ。

 安田氏の「中国の負の面への目配りは?」との質問には―

 竹内「興味がありません。見ないように意識しているのではなく目に入らない。僕は自分を客観的とは思いません。自分が撮りたいものを撮っているだけで、すごく主観的です。」

自分の息子を人民解放軍の児童教育(それも21日間のもっともヘビーなコース)に入れた竹内氏は、その「効果」を嬉しそうに報告している。天安門でもチベットでもたくさんの人民を殺した軍隊なんだが・・・これも「目に入らない」?(20年8月のツイッターより)(顔にモザイクを入れました)

 彼は今、中国でもっとも有名な日本人といっていいが、SNSでの発信を見ると、自分の人気の高さを単純に喜んで誇る、安田氏の表現を借りると「イノセントさ」が目につく。かつての彼とはだいぶ違うなと感じる。

 去年、私はこのブログで竹内亮氏に「ますますの活躍を祈っている」と、イノセントにエールを送っていた。

https://takase.hatenablog.jp/entry/20210210

 しかし、安田氏の指摘のように、当局のお墨付きのもとでの映像制作となると、その姿勢が問われざるをえない。

 竹内氏の変化で想起したのが、政治的立場はまったく異なる櫻井よしこだ。

拉致問題の国民集会では司会をつとめる櫻井氏(今年5月の国民集会にて)

 今や極右の広報官と言っていい活躍ぶりだが、彼女をテレビニュースの世界に引きこんだ人に聞くと、はじめは政治的にはまったく無色、というより政治にさほど関心があるようには見えなかったという。『今日の出来事』のキャスター時代は、自分の意見は抑えめで、プロデューサーの指示をよく聴く優等生のMCだったそうだ。

 それが「朱に交われば」で次第に染められ、担ぎ出されていくうち、「立場」が商売になっていったように見える。多くの右翼メディアに寄稿しインタビューされ、講演会に呼ばれしていくうち、櫻井よしこ氏にとって、「右」は収入源として生活を支え、そして生き方にもなっていく。

 他山の石として省みよう。