コロナウイルスと「共存」するには

 紫陽花が咲いた。

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 山形の実家から根っこごと持ってきて植えたもの。

 関東もそろそろ梅雨入りらしい。

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 「朝日歌壇」の4人の選者のなかに永田和宏氏がいるが、彼の選にはいつも納得がいく。
 歌人であるとともに細胞生物学者として知られ、いま永田氏の『生命の内と外』という本を読んでいる。細胞という極小の世界から、自己と他者、人間と地球環境をまで考えさせる哲学的な本だ。

 今回の歌壇では、ずらりと五輪の歌を選んでいた。うち2首。

オリンピックを招致の人が東京へ来ないでと言ふ緊急事態 (浜松市 松井惠)

見に行くな見ても喋るな拍手せよ腫物のごと聖火来県 (大洲市 村上明美

 大洲市愛媛県か。いまの日本全体が病的に見えてくる。
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 イギリス型に続いてインド型と、新型コロナウイルスの変異株の感染拡大が連日報じられている。

 いま、進化論を勉強しているので、これはまさにコロナウイルスの「進化」なんだなと納得する。ウイルスの遺伝子の突然変異と自然淘汰によって、より効果的に感染していくものが登場するわけだ。

 人間は1世代交代するのに20年から30年かかるのに対し、ウイルスは瞬時にどんどん増殖していくから進化のスピードは速い。そのうちワクチンによる免疫をくぐり抜けるものが登場して、インフルエンザのように、毎年の流行型によってワクチンを替えなくてはならなくなる可能性もあるだろう。先が思いやられる。

 ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』を読むと、感染症が人類の歴史を変えた役割の大きさに驚嘆する。

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 例えば、西洋によるアメリカ新大陸支配は、銃と鉄だけでなく、天然痘という病原菌によって可能になった。

 1519年、コルテスが、人口数百万人を誇り、勇猛果敢な軍隊を擁するアステカ帝国を打ち負かしたのは、一人の奴隷が1520年にメキシコにもたらした天然痘の大流行のおかげだった。
 この流行で、アステカ帝国の人口のほぼ半分が死亡し、犠牲者のなかには皇帝クイトラワクもいた。アステカ人だけが死に、スペイン人はなんともないという謎の病気に士気は低下していった。

 南米では1531年、ピサロが人口数百万のインカ帝国を征服するために、168人の兵士を引き連れてペルーの海岸に上陸した。
 ちょうどそのころ、1526年頃に陸路経由でインカ帝国に達した天然痘が、皇帝とその後継者を含む多くの人命を奪っていた。ピサロは、王位継承をめぐる内紛で分裂状態になっていた混乱に乗じてインカ帝国を制服することができた。

 アステカ人、インカ人をふくむ新大陸の先住民たちは、天然痘のほか、麻疹、インフルエンザ、チフス、さらにジフテリアマラリアおたふく風邪、百日咳、ペスト、結核、黄熱病などヨーロッパ人が持ち込んだ十種類以上の感染症に襲われつづけた。
 1492年のコロンブスによる「発見」当時、2000万人いたとされるアメリカ大陸の先住民は200年もたたないうちに人口が95%も減少してしまったという。(上P389)

 その原因はもちろん、先住民たちがそれらの感染症に対する免疫、遺伝的に強い抵抗力をもっていなかったからだ。逆にヨーロッパ人は、感染症との付き合いの長い歴史のなかで、病原菌への抵抗力を得ていた。

 病原菌は、宿主や媒介動物との相互関係のなかで「進化」する。病原菌は、新しい宿主や梅花動物に適応すれば生き残り、適応できなければ自然淘汰によって排除される。

 興味深い例がある。オーストラリアで、19世紀に持ち込まれ大量発生したヨーロッパウサギを駆除し、農産物被害を食い止めようと、意図的にミクソーマウイルスが持ち込まれた。このウイルスは、ヨーロッパウサギに致死的な粘液腫症の集団感染を引き起こすもので、最初の年(1950年)には感染したウサギの99.8%を致死させた。だが農民たちが喜んだのもつかの間、この致死率は2年目には90%、数年後には25%へと減少し、結局、ウサギの撲滅にはいたらなかった。
 ミクソーマウイルスは、宿主のウサギが死にすぎて自分が困らないように、ウサギを死に至らせない、あるいはいずれ死ぬ場合でも、すぐには死なせないように変化したのだった。(上P384)

 

 朝日新聞福岡伸一のドリトル的平衡」というコラムがある。きょう、あのドリトル先生なら、コロナ問題にどうコメントするのかという想定問答が載っていた。

「・・人類と病原体のせめぎあいは過去、何度となく繰り返されてきたものだよ。そもそも病原体は好き好んで人間を病気にしているわけじゃない。なんとか自分たちの居場所を求めてさまよっているだけなんだ。生物と生物の関係は、弱肉強食とか適者生存とか言われるけれど、一方が他方を完全に滅ばしたり、凌駕しつくすことはない。そんなことをしたら結局は自分たちも滅んでしまうからね。だから生物たちはせめぎあいながらも、たえず共生をめざしている。ところで、病原体にとって理想的な宿主との関係とはどんなものだろう。

「それは・・ほどよいバランスを保つ状態でしょうか」

「そうだね。さらにいえば、宿主にほとんど気づかれないまま居候することだね。なまじ宿主に病気を引き起こすから、見つけられたり、退治されたりすることになる。だから病原体にとっていちばん安定的に存続する方法は、どんどん弱毒化、無毒化していって、しまいには気配を消すことだよ。そして実際、自然はそうなっている。流行が終息するということはそういうことなんだ」

「でも、それには時間がかかります」

「そう。短兵急に戦おうとすれば逆襲にあう。これも生命現象の常だね。病原体が“共存体”になるまで待つしかないということになる」

 

 「共存」には時間がかかりそうだ。