気になったニュースいくつか。
きょうの『朝日新聞』朝刊が一面トップで、新疆ウイグル自治区での宗教弾圧を報じた。
記事によると、「オーストラリアの研究機関は、衛星写真などで調べたモスクの60以上%が破壊されたりダメージを受けたりしたと指摘」している。
モスクが次々と閉鎖され、なかにはカフェや土産物屋に改装されて漢族の商売に使われているところも。「近くの住民は、モスクが飲食店や休憩所として使われている様子を『見たくない』と言って顔を背け、『外で礼拝するのは怖いので、家族みんな自宅で拝んでいる』と話した」。
このひどい宗教・文化弾圧がなかなか大きな問題にならない一つの理由は、現地取材が難しいという事情もあるのだが、朝日は「奥寺淳」と記者名まで出している。「当局者とみられる複数の男性の尾行を受けることもあった」とのこと。大丈夫か?
ウイグル問題は、日本の新聞では『朝日新聞』、テレビではNHK-BS『国際報道』がよく取材して報道している。他のマスコミもつづいてほしい。
英国の大学などの研究機関では、香港や中国に関する論文は匿名でもOKにするという。6月末施行の「国家安全維持法」から学生を守るためだ。
「オックスフォード大学は中国政治学を専攻する学生に対し、香港国家安全維持法に抵触しないよう、匿名で論文を提出するように通達した」。また、プリンストンとハーバードのビジネス・スクールも、中国政治学を学ぶ学生を保護する措置を講じているという。
「国家安全維持法」は香港における「分離主義、国家転覆、テロ、外国の干渉」についての処罰を定めるが、このブログでも指摘したように、国籍、居住地にかかわらず、世界中、誰にでも適用されるという恐ろしい条文(第38条)がある。
実際、8月初旬には、アメリカ市民に対して、同法に基づき、香港当局から逮捕状が発行されている。
だからたとえばの話、英国に留学中の日本人が、中国に関する論文を書き、その内容が中国共産党によって密かに問題視され、その学生がその後、中国または香港に足を踏み入れたときに逮捕されるということもありえなくないのだ。
オックスフォード大学のパトリシア・ソーントン准教授は「私の学生(その多くは英国籍ではない)は、安全を強化するために、匿名で作品を提出して発表を行う」「教育は、集団的で批判的な調査に基づくもので、その精神は教育機関がすべての人に言論・表現・学問の自由を保障する能力を持つかどうかに左右される」と語っている。
英国のアカデミズムは、学問の自由については根性がすわっているなあ。日本も中国の横暴への対応をしっかりやらなくては。
ところが菅内閣がやっているのは、権力を乱用して気にくわない研究者をつぶし、批判を封じるという狼藉。
あるツイートで、菅義偉首相を《まるで神格化された絶対君主のように全く市民の前に出て説明責任を果たさない》と批判していた。
日本学術会議任命拒否問題の何が酷いかと言えば、これほど日替わりで矛盾を矛盾で塗り固め、混乱を招き寄せておきながら、肝心の菅義偉首相が3社しかメディアを入れない独裁国家ばりのインタビューにしか応じず、まるで神格化された絶対君主のように全く市民の前に出て説明責任を果たさない点ですよ。
— 異邦人 (@Narodovlastiye) 2020年10月14日
まったく同感。
菅総理は、オフレコ懇談会が好きなようだ。
10月3日には「パンケーキ懇談会」(渋谷の飲食店でパンケーキを食べながら)があり、16社が出席、3社(朝日、東京、京都)が欠席した。
3社とも欠席の理由を紙面で載せた。
『京都新聞』は大要以下の記事を掲載。
《新型コロナウイルス対策や日本学術会議の会員任命拒否問題を巡る説明が求められる状況にもかかわらず、首相は就任時を除き、広く開かれた形での記者会見を実施していない。国会も開こうとせず、国民に対して所信表明すらない。ゆえに、見聞したことを記事にしない「完全オフレコ」が条件の飲食付き懇談会には参加できない》
その後、13日にも懇談会があり、こちらは朝日も参加した。それについての説明。
《内閣記者会に常駐する各社の首相官邸取材キャップと菅義偉首相との懇談会が13日夜に都内のホテルであり、朝日新聞も出席しました。会費制で、首相側から呼びかけられました。
首相に取材をする機会があれば、できる限り、その機会をとらえて取材を尽くすべきだと考えています。対面して話し、直接質問を投げかけることで、そこから報じるべきものもあると考えるためです。
参加するかどうかはその都度、状況に応じて判断しています。今月3日には、首相と内閣記者会に所属する記者との懇談会がありましたが、出席を見送りました。日本学術会議をめぐる問題で当時、菅首相自身による説明がほとんどなされていなかったためです。
その後、首相から一定の説明はありましたが、朝日新聞は首相による記者会見の開催を求めています。今後もあらゆる機会を生かし、権力を監視していく姿勢で臨みます。(政治部長・坂尻顕吾)》
菅さん、顔を出して、きちんと国民に語りかけ、説明してください。
マスコミはなれあうことなくきびしく取材してほしい。
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ほぼ月1回書いているコラム【高世仁のニュース・パンフォーカス】の8回目を公開しました。
このコラムは、朝日新聞の記事をもとに、政治、外交から趣味の世界まで何でも取り上げます。
パンフォーカスとは、近景から遠景までピントが合うようにする撮影方法で、どんなニュースでもいろんな視点から見ていこうという趣旨です。
きょうはこれをご紹介します。
題して
《ブラックホールの研究って何の役に立つの?》
10月、「ノーベル賞の季節」がやってきました。
これまで日本人の受賞者がもっとも多いのが物理学賞で9人、他に日本出身者(現在外国籍)が2人受賞しています。そんなこともあって、毎年、物理学賞に注目していますが、今年はブラックホールの研究で、欧米の学者3人が選ばれました。
英国のペンローズ氏は、アインシュタインの一般相対性理論から、ブラックホールが存在することを理論的に証明。ドイツのゲンツェル氏と米国のゲズ氏は、観測によって、私たちの太陽系がある天の川銀河の中心に、太陽の約400万倍の巨大質量を持つブラックホールが存在することを証明しました。
ブラックホールの研究は、宇宙の誕生や成りたちを解明していく上で、もっとも期待される最先端の分野だと言われています。
【天の川銀河想像図】
ブラックホールってご存じですか。
寿命を迎えた巨大な星が、自分の重さに耐えられなくなって崩壊(重力崩壊)し超新星爆発を起こした結果できる、重力が強すぎて光さえも脱出できない天体のことです。超新星というと、星の誕生みたいですが、逆で、いわば星の葬式。星の死によってできたのがブラックホールです。
ブラックホールは、そこにあることはわかっていても、光が外に出てこないので目には見えません。
はるか遠くの目に見えないものを研究して何の役に立つのか?
宇宙の成りたちなんて、私たち人間にとってどんな意味があるのか?
そんな問いが、多くの人の頭に浮かんだのではないでしょうか。
これを考えるうえで、まず、これまでの宇宙に関する研究からどんなことが分かったのかをご紹介しましょう。
近年の宇宙にかんする理論研究や観測技術の進歩はすさまじいものがあります。
宇宙は永遠で同じような状態が続いてきたというイメージをくつがえす仮説が唱えられたのは20世紀の半ばになってからでした。
宇宙は、「火の玉」のような圧縮された超高温・超高密度の状態から急拡大してできたとするビッグバン仮説です。宇宙に始まりがあるという考え方は驚きをもって迎えられ、あのアインシュタインでさえ抵抗を示したといいます。
しかし、その後の観測によって、宇宙が「無」というしかない極微の一点から生れたことは誰も否定できなくなります。
2003年にはNASA(米航空宇宙局)が宇宙の誕生を「137億年(プラスマイナス2億年)前」と発表。さらに2013年には、ESA(欧州宇宙機関)がその値を「138億年前」と修正して、これが確定値になっています。
これだけでもすごい!と思うのですが、科学はさらに、宇宙の誕生からの道筋をかなりの程度明らかにしています。以下、ちょっと長いですがお付き合いください。
生まれた直後の宇宙は、目に見えないほど小さな超高密度・超高温のエネルギーでした。
誕生から100万分の1秒後の温度は5兆度、最小の物質、素粒子ができはじめます。
38万年後、急拡大する宇宙はだいぶ冷えて温度は約3千度に下がり、陽子1個と電子1個からなるもっとも単純な水素の原子を作りだしました。
その水素はいま、私たちの体の中にある水(H2O)や炭水化物などの栄養の一部として存在し続けています。
宇宙空間に散らばった膨大な水素原子同士は、長い時間をかけ、重力で引き合って集まり、巨大な球となって輝きだします。星の誕生です。
星の中心部は超高圧の灼熱の炉となり、水素原子は分解されて衝突しあい、核融合反応によって、炭素や窒素、酸素、ナトリウム、カルシウムそして鉄など、新しい元素が次々に作られました。
中学、高校で化学の時間、「水兵リーベ僕の船・・(H, He, Li, Be,B,C,N,O, F,Ne・・)」と元素周期表を覚えたことを思い出します。
このうちの水素、炭素、窒素、酸素で、私たちの体重の96%をなしています。ということは、私たちは、星が作った元素でできた、文字通りの「星の子」ということになります。
不思議ですね。夜空に輝く星々に親しみを感じてしまいます。
さて、星の内部の核融合は、原子番号26の鉄が作られたところで反応がいったん止まります。自然界には92種類の元素がありますが、鉄から先の原子番号の元素を作ったのが、先ほどブラックホールのところで出てきた超新星爆発です。
爆発時の莫大な圧と熱によって鉄より先のさまざまな元素も作り出され、宇宙空間に撒き散らされます。私たちの命にとって必須の微量元素、コバルトや亜鉛、セレン、ヨウ素などもその時できたものです。超新星爆発なしには、私たちは今ここにいないのです。
50億年ほど前、天の川銀河の一角で、ある大きな星が寿命を終え、超新星爆発で星屑となって散らばりました。その無数の星屑が重力で引き合い、集まり合ってできたのが、この太陽系。その第三惑星として誕生したのが、私たちの故郷、地球です。
長い時間をかけた宇宙進化の結果として、地球は多くの元素を備えた複雑な星として誕生し、生命を生み出す条件が整えられたのです。
宇宙は、138億年という気が遠くなるほど長い時間の営みの結果として、素粒子から次々に多様な原子を生み出し、原子から分子に、分子から高分子にと物質を複雑化し、ついには生命を作り出しました。
小さな一つの点から始まった宇宙はどんなに広がっても一つ。つきつめれば、無数の星も、地球上のあらゆるものも、生命も、そして人類も一つということになります。
理論物理学の権威の一人、佐治晴夫博士は、この最新の宇宙研究の成果を「現代科学に裏打ちされた新しく壮大な神話の幕開け」と呼び、「包括的な知の体系のなかで人間存在への新しい価値観が芽生える」可能性を指摘しています。
宇宙の“つぶやき”に真面目に耳をかたむけること、宇宙との対話(コミュニケーション)の中にこそ、私たちがお互いにかけがえのないものとして生きていくための“道しるべ”があるような気がします。なぜなら、私たちはもちろん、石も草も空気もみんな宇宙から生まれ、“星のかけら”からできているのですから。(佐治晴夫『宇宙の不思議』PHP文庫より)
パリ生まれの画家、ポール・ゴーギャンが芸術的遺書として描き上げたといわれるこの大作のタイトルは、人類が発祥以来考え続けてきた問いでした。
D'où venons-nous ? Que sommes-nous ? Où allons-nous ?
われら何処より来たるや?
われら何者なるや?
われら何処へ行くや?
その答えは、ながいあいだ、宗教の独擅場でした。
ところがいまや、科学がその答えを提供するようになっているのです。科学が明らかにした宇宙の物語を、ただ客観的に知識として学ぶのではなく、自分の生きている意味に関わるものとして考えていく。そこから、佐治博士のいう「人間存在への新しい価値観」が生れてくるのかもしれません。
実は宇宙にかんする研究は、日本の得意分野です。
宇宙誕生の解明には、素粒子の研究が必須ですが、日本人初のノーベル賞受賞者となった湯川秀樹博士が1935年に発表した「中間子論」こそが、素粒子論(素粒子物理学)誕生のきっかけとなったのです。
その後の日本人のノーベル物理学賞受賞者を見ても、2002年の小柴昌俊氏がニュートリノという素粒子の研究で、08年の小林誠氏と益川敏秀氏が「CP対称性の乱れ」という素粒子論上の難題の解明で、15年の梶田隆章氏がニュートリノ振動の発見というこれも素粒子論の研究で高く評価されての受賞でした。
日本は、宇宙誕生の解明にかんする研究では、世界の最先端にあると言っても過言ではありません。
研究がいっそう発展するよう、ぜひ政府にも応援してほしいところですが、9月23日の『朝日新聞』には残念な記事が載っていました。
記事は、日米欧の研究者が北上山地に建設を求めていた大型加速器「国際リニアコライダー(ILC)」の早期実現が難しくなったと伝えています。文科省がこれを「大型研究計画の基本構想」に入れないことを決めたのです。
ILCとは、「長さ20キロのまっすぐなトンネルを掘って装置をつくり、電子とその反対の性質を持つ陽電子を光の速さくらいまで加速して正面衝突させる」施設。「大きなエネルギーを一点に集中させて、宇宙誕生のビッグバンが起きた直後の状態を再現でき」、「宇宙誕生の謎に迫れる」というものです。(記事より)
日本政府がしぶっているのは、莫大な費用がかかるからのようです。しかし、建設予定地が東北地方で、東日本大震災からの復興の象徴としても期待されており、前向きに再検討してほしいと思います。
宇宙の成り立ちを研究することは、実生活に「役に立つ」、あるいは経済的な利益になるというものではありません。
しかし、コロナ禍で世の中の価値観が大きく変わっていく時代、芸術や文学なども含め、すぐには「役に立たない」ものにもっと目を向け、自分と世界について考えることはとても意味があるのではないでしょうか。
秋も深まりました。
晴れた夜、天空の星々を仰ぐとき、ぜひ宇宙の神秘的な営みに思いを馳せてください。