朝鮮人虐殺否定論の横行を危惧する

 東京は雨の予報だったがほとんど降らなかった。台風は九州に接近し、今夜から厳重な警戒が必要だという。先月、記録的な大雨に見舞われた地域では、まだ家の修復にも手がつかない人々がいる。どんなに不安なことか、察するに余りある。政府には最大の支援をしてもらいたい。
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 9月1日は1923年に関東大震災が起きた日だ。

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1日、横網町公園にて(朝日新聞

 《関東大震災の際に起きた朝鮮人虐殺の犠牲者を追悼する式典が1日、東京都墨田区横網町公園であった。虐殺を疑問視する団体の集会も同時刻に開かれた。疑問視する側の昨年の集会での発言を都がヘイトスピーチと認定し、集会に抗議する人たちとの間で衝突が起きたことから、今年は警察官数百人が警戒にあたった。

 日朝協会などの実行委員会が1974年から主催する式典には昨年、主催者発表で約700人が参列したが、今年は新型コロナウイルス対策で約30人に絞った。宮川泰彦・実行委員長が「大震災の際、流言飛語を信じた自警団や軍隊、警察により朝鮮人や中国人が虐殺された。この消しようのない事実を忘れさせようという動きがある。絶対に同じ過ちを犯さないよう、数多くの尊い命が奪われたことを忘れてはならない」とあいさつした。

 式典はネット中継された。追悼文送付を4年連続で見送った小池百合子都知事への抗議の意味も込め、ツイッターでは「#私は追悼します」とする投稿がトレンド入りし、「小池都知事は事実と向き合うべきだ」などのツイートが同日夕までに約2万7千件に達した。》
朝日新聞

 あの右派論客として知られた石原慎太郎氏でさえ都知事時代送っていた追悼文を小池知事が4年前、送るのをやめた。そのころから9月1日の式典にヘイト団体が押しかけるようになった。朝鮮人虐殺を公然と否定する風潮がここ数年勢いづいている

 一冊の本が虐殺否定の活動を大きく後押ししたという。工藤美代子氏の『関東大震災 朝鮮人虐殺の真実』(2009年産経新聞出版)だ。

 これは雑誌『SAPIO』に連載されたもので、実は当時、私もそれを読んでいて、あれ、そういう見方もあるのか、と「そっち」に引っ張られそうになった。少しは現代史を学んでいて、朝鮮人虐殺は常識だと思っていた私までがぐらついてしまったのはなぜか。

 なんと言っても工藤美代子のネームバリューが大きい。ノンフィクション作家としては名の知れた存在で受賞歴もある。工藤さんが書いているんだったら、それなりの根拠がある話だろうと思ったのは私だけではないだろう。
 (あとで、工藤氏と夫の加藤康男氏について調べて、彼女の政治的背景を知ったが)

 工藤美代子氏とこの本は、否定派の運動で大活躍している。

 2013年、横浜市で虐殺に言及した中学生向けの副読本に対して自民党の市議が「回収しろ」と騒いで実際に回収され事件があった。この時産経新聞が「偏向した副読本だ」とキャンペーンを張って、虐殺問題に詳しい識者として登場したのが工藤氏だった。

 2017年3月、都議会で自民党古賀俊昭都議が、墨田区横網町公園朝鮮人追悼碑には朝鮮人6千人が殺されたとあるが、この数字には根拠がないと追及した。この質問を契機に小池都知事は追悼文を取りやめることになる。古賀都議は、「私は都知事に読んでもらいたい本が一冊ある」として挙げたのが、先の工藤氏の本だった。
 否定派は全国で、運動にこの本を活用している。

 では、どういう主張なのか。

 虐殺否定論は、朝鮮人が虐殺された事実がなかったと言っているわけではない。
 自警団や警察、軍が朝鮮人を相当数(6千人は多すぎるが)殺したのは事実だが、それは正当防衛だったという。なぜなら「朝鮮人が井戸に毒を入れた」とか「朝鮮人が放火している」などの流言は本当にあったことだから、と主張するのだ

 その根拠は、当時の新聞がさかんに「不逞鮮人」の反乱や暴動などを書いている、そういう記事がたくさんあるじゃないか、ということに尽きる。

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虐殺否定派のサイトなどに「証拠」として載っている当時の新聞記事

 上の記事には「横浜刑務所の囚人300人は脱獄し不逞鮮人と共に・・・強姦、掠奪、殺人を擅(ほしいまま)にし・・」などとある。

 今の人は、新聞が書いたのなら事実だろうと思うかもしれないが、震災直後の新聞にはウラをとらない荒唐無稽な記事があふれた。震災で都心の44%、横浜の80%が壊滅し、新聞社もまともな取材態勢がとれないなか、流言をそのまま載せる場合も多かった。

 かつてこのブログで引用した記事を再録しよう。

北海タイムス 大正12.9.5
 鮮人の陰謀は全国に亘る
   罹災の群集は激昂して斬捨御免(きりすてごめん)の有様

 不逞鮮人の暴動はなかなか組織的根拠があるらしい。本月二日朝鮮独立運動に関する大会を開催し御盛典の日に事を起す予定で既に横浜東京に参集して居ったのが一日の変に遭会して幸ひとして活動を開始したのである。

 二日新宿に於て鮮人が巡査を殺して其の被服帯剣を奪って着用し自動車を操縦し群衆の間を馳駆し居たのもあり運転手を拳銃で脅迫し活動して居たものがあったが皆群衆に捉へられ撲殺されてしまった。

 彼等はまた千住の陸軍製絨所本所深川の被服廠の一部に爆弾を匿蔵して置き之れを運ばんとする処を発見した。市内各所に爆音が聞え火の手の意外に早く広がったのは彼等の所為と分った。小石川砲兵工廠の爆発も彼等の行為であった。されば民衆は激昂し今は鮮人と見れば斬捨御免の状態である

 彼等は巧みに変装して邦人に混じ各方面に向はんとして居るが四日川口でも四人の鮮人が捕った。一人は殺され他は半殺にされたが其一人の所持せる宣伝ビラで上述の陰謀が判った訳で尚ほ山形県赤湯に爆弾数百個及兇器が匿蔵して居ると自白したので直に憲兵は同道実地調査に向った。彼等の陰謀は各全国に亘り朝鮮人参其他行商人等間には脈絡相通じて居る筈で油断がならない

takase.hatenablog.jp

 こんな調子である。関東から遠く離れた山形県でも気を付けろと書いている。おそろしい。赤湯は私の実家の同じ市内だが、記事には実地調査の結果も載せておらず、事実無根に違いない。

 朝鮮人虐殺否定論がいかに幼稚なごまかしであるかは、加藤直樹氏の『「朝鮮人虐殺はなかった」はなぜデタラメか』を参照されたい。加藤氏が半年、国会図書館に通って資料を読み込んで作ったサイトである。

01sep1923.tokyo


 ここ数年のヘイトの風潮と虐殺否定論の広がりには危惧をおぼえる。戦争だけでなく、こうした負の歴史もしっかり後世に伝えていかなくてはと思う、きょうこの頃である。

(つづく)