横田滋さんの逝去によせて7-国会で初の「拉致」答弁

 韓国政府が脱北者団体を刑事告発したとのニュースには驚き、また失望した。

 《【ソウル時事】韓国政府は10日、北朝鮮に向けて金正恩朝鮮労働党委員長を批判するビラを大型風船で散布した脱北者団体について、南北交流協力法違反(未承認搬出)の疑いで、警察に刑事告発すると発表した。文在寅大統領は南北融和を政権の推進力としており、異例の対応を取ってまでも対話を維持したい考えとみられる。
 北朝鮮はビラ散布に強く反発し、韓国との連絡に使用する通信線を「9日正午以降、完全に遮断、廃棄する」と表明。韓国の呼び掛けに北朝鮮が応じない状態が続いている。
 韓国統一省の呂尚基報道官によると、刑事告発の対象は脱北者団体「自由北韓運動連合」と「クンセム」の2団体。同省は両団体の設立許可を取り消す手続きにも着手した。
 呂氏はこの中で、両団体が北朝鮮への物資搬出に関する承認規定や南北首脳間の合意に違反し「緊張を高めて(軍事)境界線付近の住民の生命と安全への危険を招いたと判断した」と説明した。
 ビラ散布は過去にもたびたび行われてきたが、統一省当局者によると、最近は他国の情報が入ったUSBメモリーやラジオなど散布対象が拡大し、協力法違反に当たると従来解釈を変更した。また、住民の生命が脅かされるため「表現の自由があっても、それを制止できる」と強調した。》

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風船にビラなどをつけて風向きを計算して北朝鮮へと飛ばす

 私は一昨年10月に、この二つの団体を取材し、11月19日(月)の日本テレビ「news every」で特集「南北融和と脱北者」として放送された。
 《南北首脳会談は3回を数え、韓国はいま、かつてない融和ムードに包まれている。北朝鮮のイメージが良くなり、金正恩委員長を信頼できると考える人も急増している。韓国政府は、北朝鮮を刺激することを避けるため、脱北者の活動を規制しはじめた。
 北朝鮮から命がけで逃れ、韓国にたどり着いた脱北者たちは3万人超。なかには、融和ムードに大きな違和感を持つ人もいる。彼らは、北朝鮮が簡単には変わらないことを身をもって知っているからだ。北朝鮮の変化を促す活動は、融和ムードのなか、継続が困難に。しかし、あるユニークな方法で、北朝鮮住民への働きかけを地道に続ける脱北者たちがいた。》(放送案内より)

 いまも北朝鮮では、毎日多くの人々が政治犯収容所で命を落としている。脱北者たちは、そうした最悪の人権状況に変化をもたらしたいとの思いで活動している。本来彼らを保護、支援すべき韓国政府が、北朝鮮に迎合し忖度して、脱北者団体を刑事告発までするとは・・・

 米国を No Justice No Peace (正義なくして平和なし)のスローガンが席巻しているが、韓国政府に対しては、「人権なくして平和なし」と言いたい。

https://jp.yna.co.kr/view/AJP20200612002400882

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 1997年2月初旬のこと、めぐみさん拉致疑惑が波紋を広げ、マスコミへの対応でてんてこまいの日々が続いていた横田さん夫妻に、兵本達吉氏から連絡があった。兵本氏とは、1月21日に滋さんに電話をして、めぐみさんに関する情報をはじめて知らせた議員秘書である。
 北朝鮮に拉致されたと見られる人々の家族が集まって「会」をつくろうという提案だった。

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兵本達吉氏(2002年)https://ironna.jp/article/9894

 兵本氏は1938年奈良県生れ。京都大学共産党に入党し、1978年から国会議員秘書をつとめていた。北朝鮮の拉致疑惑にかかわるきっかけは、1987年11月に起きた大韓航空機爆破事件だった。

 事件の実行犯で「蜂谷真由美」名の日本旅券をもっていた北朝鮮工作員金賢姫(キムヒョンヒ)が逮捕され、日本から拉致されてきた「李恩恵(リウネ)」という女性に「日本人化教育」を受けたと証言したことから、にわかに北朝鮮による拉致が注目されることになった。
 「李恩恵」が、幼い子どもを残したまま東京から失踪した田口八重子さんと特定されたのは、事件から4年目の1991年になってからで、それまではさまざまな憶測が流れた。その中の、1978年の「アベック連続蒸発事件」の一人が「李恩恵」ではないかとの報道に兵本氏は驚いた。

 その事件は全国紙では『産経新聞』(1980年1月7日、阿部雅美記者の記事)しか報じなかったが、兵本氏は、こんな重大事件を知らなかった自分を恥じ、すぐに調査に動いた。
 各地で「蒸発」した人の家族を一軒づつ訪ねるなど徹底した調査を行い、これをもとに、1988年3月26日の参院予算委員会で、橋本敦議員が質問に立った。
 この質疑は、「李恩恵」にはじまってレバノン女性拉致事件までを網羅しており、政府から画期的な次の答弁を引き出している。

梶山清六国家公安委員長
 「昭和53年以来の一連のアベック行方不明事犯、恐らくは北朝鮮による拉致の疑いが濃厚でございます。解明が大変困難ではございますけれども、事態の重大性にかんがみ、今後とも真相究明のために全力を尽くしていかなければと考えておりますし、本人はもちろんでございますが、ご家族の皆さん方に深いご同情を申し上げる次第であります」

 はっきり「北朝鮮による拉致」の疑いと答えている。当時としては驚くほど踏み込んだ答弁だったが、この国会質疑は『赤旗』以外、わずか2紙がベタ記事を載せただけに終わった。
 振り返れば、拉致問題に関心を高めることができる絶好の機会だったのにと悔やまれる。


 関心のある方は、国会議事録(https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=111215261X01519880326¤t=1)をお読みください。
 詳細かつ具体的な質疑で、今読んでも興味深い。今の国会と比べると当時の質疑がとても「まとも」に思える。(梶山大臣の答弁は120)

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1997年3月25日家族会発足

 さて、1997年2月に兵本氏が横田滋さんに家族の会をつくる提案をしたさい、めぐみさん、田口八重子さんのほかに、彼が把握していた日本での拉致疑惑のケースは以下だった。
「アベック連続蒸発事件」(蓮池薫さんたち3組6人)
欧州での失踪事件(有本恵子さんたち3人)(2月のブログで連載した事件)
辛光洙(シン・グヮンス)事件の原敕晁さん

 3月25日に結成された「『北朝鮮による拉致』被害者家族連絡会」には、9人の家族が参加する。理由なき失踪という事情を抱えたつらさはみな共通だった。
 海岸の砂浜を繰り返し竿でつついて歩き回る。深夜、玄関で音がしたような気がして、帰ってきたのではと何度も見に行く。「実は家出らしい、うらで何をしていたかわかったものじゃない」と心無い噂を流される。事件のショックで寝たきりになった家族もいた。
 初対面だったが、自己紹介しあううち、すぐに打ち解けたという。はじめて分かり合える仲間ができ、横田滋さんが代表に選ばれた。

 そのころ、北朝鮮による拉致が疑われる新たなケースが浮上した。
 めぐみさんと同じ13歳の中学生が北朝鮮に連れ去られたという事件である。
(つづく)

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2019年11月撮影

 平壌南方の忠龍里(チュンリョンリ)招待所。(去年11月撮影)
 一時、めぐみさんと田口八重子さん、そしてキムスッキという女性(金賢姫氏のライバルだった工作員)と3人で住んでいたのが、右下の建物(3号棟)。
 2014年3月と比べて周囲の様子はかなり変わったが、この辺りはまだ招待所として使われているようにも思える。

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