社会の分断進む香港

 もう暦の上では冬。明日8日から立冬だ。北海道では初雪が降ったという
 11月8日から初候「山茶始開」(つばき、はじめてひらく)。「つばき」と読むがサザンカのこと。13日から次候「地始凍」(ち、はじめてこおる)。18日からが末候「金盞香」(きんせんか、さく)。「きんせんか」と読むが金盞は金の冠のことで、黄色の冠をつけた水仙の別名だそうだ。今年はどこかに紅葉狩りに行けるだろうか。
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 連休に香港に行ってきた。
 今回は特定の仕事ではなく、個人としての取材行だった。
 前回の香港取材時、たくさんの若者に突っ込んだ質問をして彼らの悲壮な心境を知った。デモの前に遺書を遺してくる人もいた。
 一人の若い女性に「これから香港はどうなると思いますか」と尋ねた。私には今後の展望が見えないなか、若者たちが今の状況をどう捉えているのか知りたかったのだ。
 その質問に、女性は言葉に詰まったように数秒沈黙した。顔を覆っていた大きなマスクが少し動いた。マスクの下は泣き顔になっているようだ。目にはみるみる涙があふれてきた。
 「香港がどうなるか私はわかりません。考えたくもありません。でも、私たちは諦めません」。
 涙がぽろっとこぼれるのを見て、私ももらい泣きしそうになった。
 巨視的に見れば、いま香港は自由世界の最前線で闘っている。敵はあまりにも強大な中国共産党。若者たちの要求を実現するのはきわめて困難だろう。しかし、展望があろうがなかろうが、命がけで闘い続けるしかない。そういう彼らを最後まで見届けたいとその時思ったのだった。
 10月31日のブログで「彼らがこれからどうなっていくのか、気になって仕方がない。あさっての土曜は大規模なデモが予定されている」と書いたが、ほんとに気になって、急遽11月1日(金)の深夜便で香港に向かった。

 2日(土)の午後3時から香港島のショッピング街、銅鑼湾(コーズウェイベイ)のビクトリア公園で大集会が予定されていた。今月24日に予定されている区議選にむけた民主派の選挙集会だった。
 これまでならデモ行進に移り、若者が道路にバリケードを作って交通を遮断したりしてから姿を現す警官隊が、この日は集会の前に公園入口に展開していた。そして早々と「解散しないと武力を使用する」と警告の黒い旗が上がった。4時前には警官隊が公園に突入し、つぎつぎに催涙弾を撃ち込んで集会参加者を逮捕した。逮捕者の中には区議選の3人の候補者もいた。警官隊の規制は一段と強化されていた。

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集会が始まる前に警告の旗を掲げる警官隊

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警官隊を公園に入れまいとグラウンドの入り口にバリケードを作る勇武派。若い女性の姿も多い。

 集会参加者たちは蹴散らされたのだが、その後が大荒れになった。
 政治・経済の中心地である銅鑼湾から中環(セントラル)にかけての地域で、警官隊と黒ずくめの若者たちが激しく衝突した。何本もの火炎瓶が目抜き通りで投げられ、警官隊からゴム弾や催涙弾が発射される。私の足もと3メートルほどのところで火炎瓶が炸裂して火の手が上がり、記者の誰かが私の背のシャツを引っ張って後ろに下がらせてくれた。
 ひと段落して、「ものすごい迫力の映像が撮れた」と思ってビデオカメラを再生したら、一番激しい一連のシーンが全然映っていない。なんと逆スイッチだった。すぐそばでの急なドンパチに慌ててしまったようだ。
 催涙弾を撃ち込んだ後は、追い駆けっこになる。火炎瓶隊などの中核メンバーは全速力で走って逃げるのであまり捕まらない。逃げ遅れて歩道にいる人が拘束されたりする。デモに参加すらしていない人が捕まることも。
 歩道で衝突を見ていた初老の男性から「日本人ですか」と日本語で声をかけられた。近くのラーメン屋で働いているという。男性は台湾に7年、香港に30年いるのでマンダリン(北京語)も広東語も分かる。「中国人が大好き」なのだそうだ。
 「この辺は戦場で、もう何回もぶつかっていますよ。観光客も来なくなって、知り合いの旅行代理店なんかつぶれる寸前です。何とか収まってもらいたいけど、警察もひどいからね。先が全く見えないですね」と半分諦めたようすだ。
 何度かの衝突のあと、裏通りで若者二人を見かけた。近くで捕り物がはじまると、二人は飛んで行って警官が容疑者を地面に押し倒して逮捕する瞬間をPRESSのカメラマンたちと並んでスマホで撮影するのだった。逮捕現場を警察官チームは見られたくないので、人垣でカメラを遮ったり、ペパーガス(刺激性の液体)の噴霧器を取材者たちに向けたりする。まして記者でないことがばれると危ない。撮影するのは、インスタグラムに載せてデモ、集会の様子をできるだけ多くの人に知らせたいからだという。
 聞けば、二人は10年生、日本でいうと高1で15歳と16歳だった。家族との関係はどうなのか。15歳の子は、「うちは親も黄色(デモ隊支持)で助かっているけど、この人(16歳の子)は両親が青(体制支持)なのでかわいそうです」という。
 色の話が出たが、いま香港のレストランはじめ様々な店が、黄色か青色かに色分けされているという。デモに参加するような若者たちは青とレッテルを貼られた店には絶対に行かないという。
 そういえば知り合いの香港人ジャーナリストとお茶を飲もうと店を探していたら、「この店は黄色だから」と色で選んでいた。
 市民の間の分断が進んでいるようだった。
(つづく)