トランプ大統領の動きに世界中のメディアが釘付けだ。朝鮮中央通信も「トランプ大統領の提案で、板門店で『歴史的な対面』が行われた」と大々的に伝えた。このパフォーマンス力は大したものだと言わざるをえない。
トランプ氏の言動はアメリカの保守本流や国軍主流とは異なるもので、考え抜かれた戦略にもとづくものとは考えにくい。だから、今回の現職大統領初の北朝鮮入境と3回目の米朝首脳会談をどう評価すればよいのか、メディアにもためらいが見える。非核化協議再開、緊張緩和をもたらしたと歓迎するむきもあるが、大方はただの選挙対策、レガシーづくりではと冷ややかだ。
私は、トランプ氏が、北朝鮮の変化をもたらさない安易な妥協、たとえば制裁の解除を、やはりパフォーマンスでやってしまわないかと危惧する。
実は10日ほど前、脱北して今は日本に暮らすSさんという女性と会った。60年代初頭に「帰還事業」で北朝鮮に渡った在日朝鮮人の両親のもと、Sさんは北朝鮮で生まれ育った。まだ少し流暢さに欠ける日本語で、向こうでの体験を語ってくれた。
90年代後半の「苦難の行軍」のときは、飢えて亡くなる人が続出した。朝、隣人と顔を合わせると、互いに「生きてる?」と挨拶した。10日間、食べ物がなく、水だけ飲んでいたことがあったが、そのときはすべてが食べ物に見えた。自分の子どもでさえも。もう普通の精神状態ではなかったという。
同席の一人が、「制裁なんて効いてない。役に立たないのではないか」と尋ねると、Sさんは間髪を入れずに「いえ、制裁を止めてはだめです!」と厳しい口調で言って、私たちを驚かせたのだった。
まず、制裁が始まると、それまで見たことがなかったモノが市場に現れたという。例えばマツタケやメンタイコなど、外貨稼ぎの商品が輸出できなくなって、値崩れして安く国内に出回った。その時期、初めてマツタケを食べた住民は多いという。また、冬、火力の低い煙ばかり出るひどい石炭ではなく、外貨稼ぎ用の質の良い無煙炭が使えるようになって、とても喜んだ。つまり、制裁は住民の暮らしにとってプラスだというのだ。
さらにSさんは、北朝鮮への経済支援は、保衛部(秘密警察)や安全部(警察)の住民支配を強める効果をもたらすとも語った。
90年代後半、生活難の住民が生きるか死ぬかの境で警察にも食ってかかるようになっていた。治安機関の権威が揺らいでいたが、2000年、金大中が平壌で金正日と会った後から、急に「やつら」(警察など)が威張り出した。韓国からの大量の援助で、上からお金が降りてきて、力を盛り返したのだという。
制裁は、権力の住民コントロール力を弱め、庶民の暮らしを豊かにする。だから制裁は続けるべきだとSさんは言うのだ。
Sさんの意見は、北朝鮮に対する制裁を考えるとき、一つの参考になると思う。