タイの日本人僧プラユキ

 昨日も今日も、ほとんど外に出ず家にこもって調べものをしていた。かみさんが留守で、何か食事をと一度だけ買い物に出て、豚汁を作った。私が自炊するとたいてい豚汁かポトフになる。肉と野菜を炊くだけでよく、失敗がないし、大量に作って2、3日食べ続けられる。


 このところ、強いストレスを感じているせいか、心がわさわさして落ち着かない。タバコの本数もどんどん増えている。ちゃんと坐禅しなければ。と思っていたところに、瞑想を紹介するテレビで、懐かしい人に「再会」した。

 ETV「こころの時間」の「“今ここ”に気づく」という番組の画面に、タイの日本人僧、プラユキが出てきた。テラワーダ(上座部)の僧衣をまとって瞑想の意味とやり方を説いている。穏やかな微笑みの表情で、分かりやすく説明するプラユキには威厳が漂っている。立派になったなあ。


 もう、四半世紀前のタイ駐在時代の知り合いで、当時は出家して間もなく、東北地方の田舎の寺にこもっていた。プラというのはタイ語で「僧」の意味でで、プラユキは「ユキ師」となる。バンコクに出てきたおりに知り合い、彼が寺に帰るのを送っていった。バンコクから車で半日かかった覚えがある。車中で「覚り」とは何かをずっと議論していったのが良い思い出になっている。着いた寺はバンコクの壮麗な寺院とは違い、とても質素なつくりで、彼にあてがわれていたのは、たぶん中は4畳半くらいしかなさそうな小さな庵だった。同じような庵が森の中に点々としていた。彼、プラユキはその庵で一日のほとんどの時間を瞑想していると言っていた。こんな会話をした覚えがある。

 戒律は辛くないんですか?
 「いや、毎日が夏休みみたいで楽しいですよ。正午過ぎからは固形物は食べられませんが、慣れれば何ともありません。固形物でなければ摂れますし」
 仕事とか作業とかは?
 「朝の托鉢と僧がみんなで読経するとき以外は、ずっと自由時間。テラワーダ仏教は坊さんが働いてはいけないから。ときどき、葬式で出かける以外は「夏休み」ですよ。ずっと瞑想しています」
 じゃ、辛いことは?
 「欲望を抑えることでいうと、食欲は意外に簡単です。けっこう大変なのが性欲なんです」
 当時、彼は若く、30歳にまだなっていなかった。あどけなさの残る顔で、僧の暮らしはとても楽しいが、問題は性欲だけだと語ったのがとても印象的だった。
 近年、日本ではテラワーダの瞑想、ヴィパッサナーが人気で、最近のマインドフルネスの流行で、さらに瞑想人口が増えているようだ。プラユキはひっぱりだこらしく、彼のツイッターをみると、法話会や瞑想指導の予定がならぶ。
 彼の説く瞑想とはどんなものか。
(つづく)