「懐かしい未来」再読2

 あじさいが目につくようになってきた。
 きょうは満月。夏至前の満月はストロベリームーンというそうだ。
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 ついに再調査へ。
 加計学園獣医学部新設をめぐっての「総理のご意向」文書について、松野文科相が省内調査をやりなおすと表明した。追い込まれて仕方なくやるということだが、やらないよりまし。ただ、形だけで済まそうという狙いがみえみえで、調査の期限ももうけていない。メールに出ていた「同姓同名」の人たちに確認するだけなら1時間で済むのだが。

 きのう紹介した望月記者はツイッターにこう書いている。
 《加計疑惑で前川氏に続き、現役職員達の勇気ある告発と世論の批判に、文科省(実態は官邸)は再調査を決定したが、松野大臣「調査は文科省内だけで」それでは、どんな結果が出てもまた官邸の意向に沿う結果しか出ず、真相は闇の中へ。官邸や文科省から独立した第三者の調査委員会が必須だ》
 追及はこれからだ。
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 『懐かしい未来』きのうのつづき。

2.共同体の助け合い
 ラダックの人々は、常に地域共同体の一員である自覚を持っている。そして、強制されることなく自然に互いを助け合う。
 「私は川で洗濯をしようとしていた。汚れた服を川の水につけようとしたとき、上流の村からやってきた七歳に満たないくらいの小さな女の子が、「汚れものを川の水に入れちゃだめ」と恥ずかしそうに言った。「下の方の人たちがその水を飲まなくちゃいけないから」。彼女は、少なくとも一・六キロメートル下流の村を指した。「向うの水なら使えるよ。灌漑用だから」(P38)
 「お互いに怒ったり、気分を害したりしないようにすることへの配慮は、ラダックの社会に深く根づいており、摩擦や軋轢につながる状況を避けようとする」。「伝統的に、ラダックでは人を攻撃することは、いかなる種類のものでもきわめてまれである。」(P67-68)
 「ラダックの村は民主的に運営されていて、わずかな例外を除いて、どの家族も自分たちの土地を所有している。貧富の格差はごく小さい。」(P70)
 「経済的、政治的な関係は、ほとんどいつも顔と顔の見える間柄でやり取りされる。売り手と買い手は個人的なつながりがあり、それが不注意やごまかしを防止している。その結果、汚職や権力の乱用はとても少ない。」(P73)
 
 村々には「パスプン」と呼ばれる四世帯から十二世帯の集団があり、誕生や結婚、葬儀などで互いに助け合う。例えば人が亡くなると「死後、死体は火葬までのあいだ、ふつう一週間かそれ以上、家族のもとに安置されるが、家族は何もしなくてよい。死の瞬間から火葬で燃え尽きるまで、パスプンの仲間が遺体を洗ったり整えたりする責任を持つ。」(P74-75)
 農作業は共同で行なわれる。
 「ひとりで収穫している姿を見かけることは、まずない。絶えることのない笑いと歌とともに、男たちや女たち、子どもたちが一緒になって畑で働くのが見られる。」(P76)

 3.生き生きと暮らす老若男女
 夫と妻、子どもや老人みなが大家族のなかで存在感を持つ。子どもは可愛がられ、老人や女性は生き生きとしている。赤ん坊にいつでも授乳できるよう、母親は四六時中ずっと一緒にすごす。だが赤ん坊への愛情は誰にも開かれている。
 母親が畑仕事をしているときは
 「赤ん坊の世話は母親だけの仕事ではない。みんなで子どもの世話をする。だれかがいつもそばにいて、ほおずりをして抱きしめる」。(P89)
 「子どもは周りのだれからも、惜しみなく無条件で可愛がられる。西洋流に言えば、「甘やかしている」ということになるのだろうが、実際には、五歳ぐらいになるまでに他人のために責任を果たすことを学び、赤ん坊を背負えるほどに大きくなると子守りをする。」(P91)
 老人は生活のあらゆる面に参加し、尊敬され、健康にあふれている。
 「ラダックの老人は、いくつになっても引きこもったり、用なし、ひとりっきりになることはない。死のその日まで、村の社会の重要な一員なのである。高齢とは、永年の貴重な経験や知恵を意味している」。「八十を超してもたいてい元気で、健康であり、記憶力もはっきりしている。」(P92-93)
 「老人たちがとても生き生きとして社会生活に参加しているおもな理由のひとつは、常に若い人たち接触を持っていることである」。「一番の年寄りと、一番若い子どもは特別の関係を結ぶ。彼らはよく親友のことがある。」女性が生き生きとしていることもラダックの特徴の一つだ。
 「ラダックに来て、最初に印象に残ったことのひとつは、おおらかで伸び伸びとした女性の微笑みであった。女性は自由に動き回り、開放的で、人目を気にせず男性と冗談を言ったりおしゃべりをしていた」。「一般に女性は自信に満ち、しっかりとした性格で威厳を漂わせていた。ラダックの初期に訪れた旅行者のほとんどが、女性の社会的地位がとても高いことを指摘している。」(P93-94)