島の出版社の志

節気は啓蟄(けいちつ)に入った。
初候「蟄虫啓戸」(すごもりのむし、とをひらく)が5日から。次「桃始笑」(もも、はじめてさく)が10日から。末候「菜虫化蝶」(なむし、ちょうとなる)が15日から。冬籠りしていた虫や生きものたちが穴を啓いて出てくる時節とされている。
・・・・・・・・・・・・
 きのう書いた、ばつぐんにうまい八朔。これは民俗学者宮本常一先生にご縁がある。
 1月30日、宮本先生の37回忌が執り行われた。http://d.hatena.ne.jp/takase22/20170216
 その席上、「みずのわ出版刊行案内」という小冊子が配られた。この出版社は宮本先生の故郷、周防大島にあり、「つちのわ物産」として自社農園で減農薬みかんの栽培直販もしているという。すぐに連絡したら、今年は不作だが八朔なら用意できるとのことで、送られてきた箱には、日向夏と自家用のイヨカンと白菜の試供品がオマケで入っていた。
 「みずのわ出版」の社長は柳原一徳さんといい、宮本先生の業績を数多く出版してきた。冊子の出版紹介には、宮本先生のさまざまな本以外にも、地方の小さな出版社とは思えないすばらしい企画の本の数々が並んでいる。例えば、『花森安治装釘集成』。「装釘」とは「書物を綴(と)じ、表紙をつけ、外形を整えること。また、書物の意匠。」と辞書にあるが、花森安治の装釘家・イラストレーターとしての一面があり、本という物理的な作りへのこだわりを本のようである。また、原発に反対する『はっぴーあいらんど祝島通信』など赤字必死の出版もしている。

 この「みずのわ出版」、2014年に「梓会出版文化賞第30回記念特別賞」を受賞しているが、そのとき対象になったのは次の4冊。
 『島―瀬戸内海を歩く 第3集 2007‐2008』
 宮本常一離島論集第4巻』
 宮本常一離島論集第3巻』
 『神戸市戦災焼失区域図復刻版』
 実売部数は順におよそ130部、250部、250部、500部だそうだ。130部!? よくもまあ、続けてこられたものだと感心するし、これでやっていけるのかと心配にもなる。「みずのわ出版」は去年、「閉店」をいったんは決めていた。

 去年11月の『みずのわ出版刊行案内』の裏表紙には、「出版事業の、当面の継続についてのお知らせ」という文章が載っている。
 《小社では、創業20年目を迎える本年末をもって閉店を告知しておりましたが、一旦これを撤回します。過日、出版界の良心とされてきた某版元と業務上の交渉をした折、あまりの堕落ぶりと志の低さに怒りを通り越して呆れ果て、こんな奴らに任せてはおけぬと思い直しました。また、ネット・スマホ依存全盛の感のある昨今ですが、それでは文化は残らないと思います。ネット上の記事は、それが如何にきちんと書かれたものであろうとも、記録にも、記憶にも残りません。推敲に推敲を重ねた文章は、ただで読み捨てる、その程度のものでしかないネットの上に捨て置くのではなく、紙の本として後世に残さなければならないのです。この国の将来に禍根を残さぬためにも、出版事業継続にご支援のほど、何卒宜しくお願い申し上げます。》
 こういう人が出版業界でがんばっているのである。読んだ後、おまえは何をやっているのか、と叱られたような思いが残った。陰ながらエールを送ります。