津端夫妻のスローな暮らしに憧れる

3日、映画を2本観る。

一つはポレポレ東中野で2日からロードショーが始まったばかりの『人生フルーツ』http://life-is-fruity.com/
津端(つばた)修一さん、英子さんという合わせて177歳の夫婦の暮しが描かれる。二人は愛知県高蔵寺ニュータウンに自宅がある。自作の堆肥で地味を豊かにしてきた庭の畑からは、四季折々の果物や野菜が採れ、それを英子さんが美味しそうな料理に作る。仲良く(互いにさん付けで呼んでいる)ゆったりとした楽しそうな二人のスローライフ。映画を観た人はみな「ああ、こんな理想的な老後を送りたい」と思うだろうな。
 つばた夫妻には『あしたも、こはるびより。83歳と86歳の菜園生活。はる。なつ。あき。ふゆ。』や『なつかしい未来のライフスタイル』など20年前からたくさんの著作があり、二人の暮らしぶりに憧れる多くのファンをもつ。
 修一さんはかつて建築家で、自分が今暮らすニュータウンも自らが建設の中心にいた。自然との共生を謳ったプロジェクトを目指したのに、資本の論理でそうはならず、挫折を味わう。修一さんは会社を辞め、300坪の土地を自らが手がけたニュータウン内に購入、雑木林と畑のある「自然との共生」の暮らしを追及することにしたのだった。
 その修一さんに、あるプロジェクトが持ち込まれる。自然に癒されるような施設を作りたいと。それに修一さんは建築家としての情熱をかきたてられ、一切の報酬を断って設計図を描きはじめた。映画は、その暮らしぶりの背景にある日本の高度成長との軋轢をも描き込んでいく。それも声高にではなく実に自然に。
 ところが修一さんは突然死んでしまう。残された英子さんは・・・と続いていく。
 ナレーターは樹木希林で、次のフレーズが何度もリフレインされる。
 
 風が吹けば 落ち葉が落ちる
 落ち葉が落ちれば 土が肥える
 土が肥えれば 果実が実る
 こつこつ ゆっくり 人生 フルーツ

 東海テレビドキュメンタリー劇場第10弾だそうで、プロデューサーの阿武野勝彦さんは『ヤクザと憲法』も制作している。テレビの映画化は、長い期間じっくり密着して撮影するテーマでは、大きな強みを発揮する。とてもいい映画だった。ただ、「人生フルーツ」というタイトルだけは、もうちょっと何とかならなかったかなと思う。二人の本のタイトルがみなしゃれているのでなおさら。

 二本目は立川に移動して『世界の片隅に』。大ヒット中の映画で、まだ松の内ということもあって映画館は混んでいた。
 これも、とてもよかった。
 戦争の悲惨を越え、希望を持って生き続ける人間。人間っていいもんだな、としみじみ思わされた。
 空襲警報や防空壕避難訓練、配給などいわゆる銃後の生活が非常にリアルで、これに若い観客がついてこれるのは、アニメの強みかもしれない。私もこれほど真に迫った戦争中の暮らしを観たことがなかったので引き込まれた。
 描写の精密さに変化を持たせ、すずの描く絵にオーバーラップしていくなどのアニメ作品ならではの演出がよく効いて、現実と夢の間を揺れ動くような面白い効果を出していた。
 残念だったのは、主題歌を歌ったコトリンゴ。これはもう好き嫌いの世界だが、鼻濁音が全くできないので、「雲は流れ流れて」のガ音が耳障りで映画に集中できなかった。
 この作品は、クラウドファンディングで資金を募って製作・公開された知られていることでも話題になった。映画が終わってエンドテロップに募金した全員の名前が延々と流れた。募金した人はここで自分の名前を確認できる。佐々木芽生監督のクジラの映画もそうだが、一般の人々の寄金をもとにする作品が増えていくと、中身の傾向も変わっていくかもしれない。例えば「社会性」がより強く打ち出されたりと。クラウドファンディングによる製作は、テレビ番組からの映画化とともに映画界の新しい波である。
 「のん」がすずの声を好演していた。「のん」が、以前所属していた芸能事務所からにらまれて能年玲奈という本名が使えなくなった事情は、週刊誌に報じられたとおりだが、元所属事務所の力が強いこともあって、テレビ局はほとんど「のん」を出さなくなっている。実際、仲間のプロデューサーが「のん」に関わる番組企画をある番組に提案したところ、「旧事務所とのトラブルが解決していない」ことを理由に通らなかった。
 この映画のヒットをきっかけに、「のん」がもっと活躍できる状況が来るよう期待する。