金融制裁はなぜ「効く」のか

 師走、節気は明日から大雪(だいせつ)。初候は「閉塞成冬」(そらさむく、ふゆとなる)、11日からは次候「熊蟄穴」(くま、あなにこもる)。16日からは末候「鱖魚群」(さけのうお、むらがる)。鮭が産卵で生まれた川に里帰りする様子だという。きょうは、会社の近くの銀杏並木が音をたてるような感じで葉を落とし、夜には歩道に厚く溜まっていた。真冬に入っていく。
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 先日のブログで、カジノ法案⇒トランブ⇒アトランティックシティ⇒北朝鮮偽ドル事件⇒金融制裁と話を進めてきた。北朝鮮に対する制裁をどうしようか、どういう制裁が「効く」のかという議論があるので、金融制裁とは何かの基本を書いてみよう。
 北朝鮮に対する金融制裁というと、もう十年以上前の2005年9月、マカオの銀行BDA「バンコ・デルタ・アジア」(写真)の北朝鮮関連口座計2400万ドルが凍結された事件が知られている。

 これはよく「米国政府がマカオの銀行の北朝鮮口座を凍結した」と解説されるが、その表現は間違いだ。いくらアメリカでも他国の民間銀行に手を突っ込むことなどできない。
 財務省が行ったのは、BDAを「マネーロンダリングの主要懸念先」に指定し、米国の金融機関に対して、「BDAへのコレスポンデント口座(略してコルレス口座)サービスを禁止する」可能性を公表したことだった。つまり、米国の銀行に対する措置だったのだ。
 この「コルレス口座」こそ、金融制裁を理解する要である

 例えば、私が東京のJ銀行からマカオの友人に1000ドル送金するとする。このとき、ドル札を飛行機で日本からマカオに運ぶわけではもちろんない。仕組みはこうだ。
 J銀行はニューヨークの米銀に口座を持っている。これをコルレス口座といい、その米銀をJ銀行にとってのコルレス銀行と呼ぶ。J銀行はそのコルレス銀行と、マカオのM銀行がコルレス口座を持つ別の米銀に連絡する。すると、二つの米銀の間で、J銀行のコルレス口座から1000ドルがM銀行のコルレス口座に振り込まれる。日本からマカオへのドル送金は、ニューヨークの二つの銀行のコルレス口座間の帳簿の付け替えで行われるのだ。
 話を簡単にするために、J銀行とM銀行が同じ米銀にコルレス口座を持っている場合(これはよくあることだ)を考えてみると、ドル決済はその米銀の中ですんでしまう。世界中の米ドルによる送金や決済、資金運用は、すべてコルレス口座を通じて処理するしかない。

 財務省が、米国の金融機関に対して、マカオのBDAという特定の銀行名を挙げて「コルレス口座ザービスをするな」と言えばどうなるか。BDAはドル決済ができなくなってしまうのだ。米ドルを扱えないというのは銀行にとって命とり。BDAで取り付け騒ぎが起きたのは当然である。すぐにマカオ政庁が介入して北朝鮮の口座を凍結したのだった。アメリカに恭順の意を示したのである。
 金融制裁というのは、北朝鮮に対するアクションではなく、米国の銀行に、ターゲットにした金融機関(BDAなど北朝鮮に便宜をはかっているとみなされた銀行など)とドル取引をさせないというものである。マカオのBDAの口座にあった2400万ドルはわずか25億円ほどで、問題の焦点ではなかった。これは単なる見せしめであって、アメリカの狙いは、世界中の銀行に対して、北朝鮮の便宜をはかると君たちもこうなるよ、と脅しをかけたわけである。これにはどの銀行も震え上がった。北朝鮮関係の口座を開くことさえ尻込みし、結果、北朝鮮は資金の移動や運用が非常に困難になった。当時は、中国の主要銀行さえもが北朝鮮関連の口座を開くのをやめたのだった。
 BDA事件は北朝鮮指導部をパニックに陥れ、暴れさせた。翌年の2006年7月にはミサイル発射、そして10月9日には最初の核実験を強行した。北朝鮮外務省が10月3日に出した核実験予告声明は悲鳴に近いものだった。
《今日、朝鮮半島では日増しに増大する米国の核戦争脅威と極悪な制裁圧力策動によって、我々の国家の最高利益と安全が重大に侵害され、朝鮮民族の生死存亡をかけた厳しい情勢がつくりだされている。・・・米国の反共和国孤立・圧殺策動が極限点を越えた最悪の状況へと突き進んでいる諸般の情勢にかんがみ、我々はこれ以上、手をこまねいて事態を傍観することはできなくなった》。
 朝鮮民族の生死存亡をかけた厳しい情勢」「極限点を越えた最悪の状況」・・・・ここまで追い詰めるのなら、核実験でも何でもやっちゃうぞ!というわけだ。
 ブッシュ政権は、この脅しで一気に腰砕けになり、翌2007年春、BDAにあった預金は凍結を解除され北朝鮮に渡ったのだった。

 この一連の経緯は、非常に興味深く、いまあらためて研究してみる価値があると思うが、関心のある方は、全然売れなかった拙著『金正日「闇ドル帝国」の壊死』(光文社)をお読みください。アマゾンで「1円」(とほほ)で中古本が出ています。