ドリアン助川の「般若心経」

秋分も過ぎて、いよいよ冬に向かっていく。

この時期、近くのそば屋の「秋の天ぷらせいろ」が楽しみだ。昨夜、電話したらちょうど席が空いていたのでかみさんと行く。イチジクが天ぷらのたねに入っていて、これが「秋の」と名のつく特徴になっている。秋刀魚の塩焼も注文。私にとっては初ものだ。
きのうは、宮城県女川町で「おながわ秋刀魚収獲祭2016」が開かれたという。以前、女川から秋刀魚を送ってもらって、塩焼きにしたら、同じ秋刀魚でこんなに違うのかと驚くほどうまかった。少しづつ水揚げは増えているようだが、心から応援したい。
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子どもたちの自死が以前から気になって考えている。
いろいろ取り組みはなされ、例えば、「いのちの電話」などで接点をもつことで自死実行前にブロックする試みはかなりの効果があるという。これはこれでとても大事な施策と評価しつつも、「対策」にすぎないことも確かである。
20日のブログで、少子化問題で、《保育所設置などの当面の施策は必要だが、社会のありようの根本が変わる必要がある》という中村桂子氏の論を紹介したが、「保育所設置」は対策にすぎない。自分の都合や損か得かで子どもを作る作らないを決める現代人の「社会のありようの根本」が実は問題なのだ。子どもの自死でも、子どもたちを覆う大げさに言うと「世界観」を何とかしなくては、と思うのである。
中学生くらいが読める本で人生と死を考えさせるのはないかと探していて、先日、『おやじ国憲法でいこう!』(しりあがり寿祖父江慎)、『死ってなんだろう、死はすべての終わりなの?』(ダステュール)、『大丈夫、生きていけるよ〜へこんだ日の般若心経』(明川哲也)に目を通した。
最後の『大丈夫・・』はなかなかよかった。著者の明川哲也は、いま評判の映画「あん」(河瀬直美監督)の原作者、ドリアン助川の第二ペンネームだ。彼は東洋哲学科出身、ラジオ番組のパーソナリティを5年やって、若い人たちからの人生相談を連日受け、それらにうまく答えられずパニックになり苦しんだという。その仕事のあと、芸名も捨て、海外に3年暮らしたほどだった。真剣に学びたいと様々な思想書をあさり、「般若心経」にたどり着いたという。

本を読むと、大乗仏教を相当勉強していることが分かる。いいなと思ったのは、「空」の解釈がとても明るいこと。
「空の心とは、今のこの一瞬、この一瞬の命の煌(きら)めき、世界の輝きを全肯定することです。すべてを受け入れて、YESと微笑むことです」。
個々の解釈には同意できない部分があるが、「死んだら本当にすべてが終わってしまうの?それならいったいこの自分という存在は何なの?何のために生きているの?生きる意味があるの?」といった若い人の悩みに正面から向き合いながら「般若心経」の教えを説いている。迫力も説得力もある。

「般若心経」といえば、10年ほど前、生命学者の柳澤桂子氏の「心訳」が話題になり、NHKで番組が作られた。彼女の「空」の解釈は実に独特だった。自分と他のものという二元的から執着が生まれるが、一元的な世界が真理であるとし、こう語る。
「私たちは原子からできています。(略)この宇宙を原子のレベルで見てみましょう。私のいるところは少し原子の密度が高いかもしれません。あなたのいるところも高いでしょう。戸棚のところも原子が密に存在するでしょう。これが宇宙を一元的に見たときの景色です。一面の原子の飛び交っている空間の中に、ところどころ原子が密に存在するところがあるだけです。」
つまり、この世のすべては原子の濃淡の問題に還元できるので、「物事に執着するということがなくなり、何事も淡々と受け容れらることができるようになります」と柳澤氏は言うのである。
私は「空」の解釈としてはこれは間違っていると思う。しかし、若いころから難病に悩まされ、心の病も持ちながら、第一線の研究者としてやってきた中で、彼女が掴み取った生きるための解釈は、心に響くものがある。
横田早紀江さんの聖書解釈について何度もここで触れてきたが、やはり、自らの苦悩のなかで聖書を深く「読み込んで」いっている。
http://d.hatena.ne.jp/takase22/20080509
研究者による思想書にはない、説得力ある世界観を若い人たちに提供したいと思う。

ちなみに、般若心経なら、岡野守也『よくわかる般若心経』(PHP文庫)がお薦めです。非常に深い解釈がとても分かりやすく書かれている名著です。