安田純平の「戦場に行く意味」

きのう、10年近く会っていなかったタイ人の知り合いからいきなり「いま日本にいる」と電話があり、夜お台場で会った。
私がタイに駐在していた20年前、うちでお手伝いさんとして働いてもらった女性の息子、ベンちゃんだ。当時はまだ小学校に入る前のやんちゃ坊主で、いま28歳くらいか。母親がお手伝いさんをやっていたくらいだから、決して豊かな家ではない。20歳前に一度タイで会ったが、そのときは陸軍に入ったと言っていた。聞けば、3年で軍を辞め、いまは観光会社に勤めているという。
80年代から90年代にかけてタイに住んだが、当時、タイの庶民にとって日本への旅行など文字通り高嶺の花だった。時代は変わったなと感慨深い。

ベンちゃんと一緒にタイから旅行に来た友達入れて総勢8人(と子ども2人)を回転寿司に連れて行った。
昔は寿司が食えないタイ人は多かったが、今はバンコクに回転寿司、ラーメン屋などがたくさんあって若いタイ人はみな慣れている。すごい勢いでお皿が積み上がって、ちょっと散財したが、ゆかいな夜を過ごした。
LINEで「友達」になったら、きょうは富士山に行ったと写真や動画を送ってきた。動画は10秒ほどで、ホテルのベランダにただ雪が降っているだけ。タイ人は雪に憧れをもっているから、感動して撮影したのだろう。
楽しい思い出を作っていってほしい。
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15日(金)夜は、都内で【シンポジウム  後藤健二さん殺害事件から1年 ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか〜取材現場からの自己検証】があった。

パネリストは、川上泰徳(元朝日新聞記者)、内藤正彦(テレビ朝日)、石丸次郎(アジアプレス)、白石草(アワプラネットTV)、綿井健陽(ジャーナリスト)、土井敏邦(ジャーナリスト)で、ジャーナリストは危ない所には行くべきでないという風潮にどう対応すべきか、なぜ戦場などの危険地に日本から取材に行かなくてはならないのかなどを議論した。
私はシンポのあと「安田純平さん、シリア拘束の経緯」について報告した。身代金交渉の仲介者を自称する人物が事態を混乱させていること、そもそも家族のもとに身代金要求は来ていないこと、12月10日の時点で安田さんはシリアのイドリブ県で生存していることなどをちょっと踏み込んで話した。
最後に、安田さんが「戦場に行くことの意味」として書いた文章を読み上げた。

戦後六十年が過ぎ、戦争を知っている日本人が年々減っていく中で、現場を知る人間が増えることは、空論に踊らないためにも社会にとって有意義だ。
(『ルポ 戦場出稼ぎ労働者』 集英社新書 2010年のP248)
安田さんのこのルポについては次回書く。