松木スナヨさん告別式

takase222014-01-15

夜9時のNHKニュースで、拉致被害者松木薫(まつきかおる)さんのお母さんの葬儀が報じられていた。
《34年前に北朝鮮に拉致された、松木薫さんとの再会を果たせないまま92歳で亡くなった、母親のスナヨさんの告別式が、熊本市で営まれ、参列した人たちがその死を悼むとともに、拉致問題の早期解決を誓いました。
松木スナヨさんは、昭和55年、26歳の時に留学先のスペインから北朝鮮に拉致された松木薫さんの母親です。
34年間にわたって息子の帰国を待ち続けていましたが、今月11日、再会を果たせないまま92歳で亡くなりました。
15日、熊本市の斎場で営まれた告別式には、拉致被害者の家族会代表の飯塚繁雄さんや古屋拉致問題担当大臣らが参列しました。
親族の焼香では、拉致されたまま安否が分かっていない長男、薫さんの名前も呼ばれ、代わりに姉の斉藤文代さんが前に進み、静かに手を合わせました。
式では、最後に喪主の斉藤さんがあいさつし、「『薫はどこにいるの?』と尋ねる母のことばに何度、胸を痛めたか数えきれません。『海の向こうできっと元気にしているよ』という私の答えを受けて、バスを乗り継いで海が見える場所に足を運ぶようになった母の横顔を決して忘れることはないでしょう。私たちは薫の帰国を信じていますし、両親にいい知らせを届けられるよう、力を合わせて歩みを進めていきたい」と述べました。》
松木さんは、いわゆる「よど号」グループが誘い役になって、欧州から拉致されたことがはっきりしている日本人三人のうちの一人だ。
かつてサンプロで、1983年、英国留学中に「よど号」犯と「よど号」犯の妻(八尾恵)に誘い出された有本恵子さんのケースを扱った「『よど号』よ、娘をかえせ!」という番組を作ったが、そのさい、松木さんと石岡亨さんについても取材した。
松木さんは、私と同年の1953年生まれ。大学院生だった松木さんは、1980年、スペインに語学留学中だった。スペインを旅行中の札幌出身の石岡さんと知り合ったが、この二人に近づいてきたのが「よど号」犯の二人の妻。のちに、バルセロナの動物園で石岡さんと二人の妻が一緒に映っている写真が出てきたことで「よど号」グループの関与が明らかになった。また、八尾恵よど号犯の元妻)が、二人の妻が、松木さんと石岡さんを「獲得した」とピョンヤンで報告したことを暴露している。
二人の妻は、松木さん、石岡さんをウィーン経由で北朝鮮に連れ出したと見られる。
1988年9月、石岡亨さんから、松木さん、有本さんと共に北朝鮮にいることを知らせる手紙が札幌の実家に届き、ここではじめて3人の居場所が判明した。
なお、石岡さんと有本さんは結婚して子どもができたことがわかっている。
2002年の小泉訪朝で北朝鮮が松本さんの拉致を認めたが、すでに死亡していると発表した。
北朝鮮側の説明:
入国経緯は、「石岡亨さんとともに、特殊機関工作員接触するうちに松木さん自身が北朝鮮訪問の勧めに応じ、語学教育の目的で1980年6月7日に北朝鮮に連れてきた」
1996年、リャンガン(両江)道の革命史跡の参観に行く途中、ハムギョンナムド(咸鏡南道)の峠道を自動車乗車中、運転手の不注意による事故で、運転手とともに死亡した。
遺骨は洪水で流された。
後に「遺骨」とされるものが二度にわたって日本側に引き渡されたが、いずれも別人のものと判明している。

拉致被害者の家族がどんどん高齢化している。
めぐみさんのお母さん、早紀江さんも来月86歳になる。
去年5月、飯島内閣官房参与の電撃訪朝に期待が集まった。「100点満点!」と評価し、拉致問題の進展は確実だと持ち上げたが、いまのところ、まったく成果は出ていない。
http://d.hatena.ne.jp/takase22/20130707

NHKのニュースでは、告別式のあと、特定失踪者問題調査会の短波放送「しおかぜ」を紹介していた。
北朝鮮にいるとおもわれる拉致被害者および特定失踪者にむけて、家族たちが呼びかける声を流している。いつか、どこかで聞いてくれているのではと期待しながら、家族は呼びかけるのだが、高齢になったお母さんやお父さんたちは、涙でつまってなかなか声が出てこないという。
「この内閣で必ず解決する」と断言する安倍首相は、具体的に何かやっているのか。