死亡率百パーセントの生き物に生まれて私は死ぬのが恐い

タイで撮った写真を眺めていたら観音菩薩像があった。
バンコクでは安宿で知られる王宮そばのカオサン地区に泊まった。1泊1500円。お葬式まで時間があったので国立博物館に寄った。私は異国に行くと、時間があれば博物館か墓地に行くのが好きだ。
1時間くらいで駆け足で回ったのだが、今は小乗(上座部)仏教の国であるタイが、かつて大乗仏教の波に洗われていたのを初めて知った。スリービジャヤ王朝(8−13世紀)とロッブリー王朝(7−13世紀)で、写真はスリービジャヤ文化のもの。
日本の観音様のイメージとちょっと違うが、菩薩は大乗のトレードマークだ。この博物館にはバンコク駐在時代、取材で何度も来たはずだが、全然気づかなかった。
いったん大乗を受け入れたのに、そのあと小乗になったのはなぜなのか。単に勝利した王権の護持する宗教が広まっただけなのか。タイ=小乗の単純なイメージからはずれてこの国と民族を見られるようで、刺激的でとても面白かった。
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このところ、知っている人がたてつづけに亡くなった。
私がミャンマーで取材した中心人物が、悲運の民主化運動のリーダー、トゥンアウンジョーだったが、(http://d.hatena.ne.jp/takase22/20130427)死亡したのはその弟で、4月、私は彼と長い時間いっしょに歩き、インタビューした。
死因はまだ知らないが、自死ではないかと推測している。彼もまた民主化運動の目立った活動家で、そのためか今も仕事につくことができず、悶々とした毎日を送っていたようだ。朝会うと、アルコールの匂いがプーンと漂い、毎晩深酒しているのが分かった。
誰もが思い通りにならない人生と思う。
「翻弄された人生」とよくいわれるが、一人ひとり、その重さを受け止めて生きているのだ。しかし、自死しないでほしいと思う。
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新聞がたまって、朝日歌壇が3週間分ある。ひいきの歌人全部は無理でも、いくつか紹介したい。
松田わこさん、3週連続入選。しかもすべて、複数の選者に選ばれている。
梨子さんも入選しているが、きょうはわこさんだけ紹介する。
6月17日
マイ包丁ついに手に入れ修行中のれんの色ももう決めちゃった
6月24日
中三は大変とママは言うけれど小六だって苦労が多い
7月1日
おシャレしたかわいいママを見送ってパパは洗たく私はピアノ
もはや朝日歌壇のスーパースター。
7月1日には常連の名古屋の中村桃子さんも入選。
奈良公園の鹿にペコリとおじぎされいっしょに頭下げてるわたし
6月24日、岸本晴子さん(いわき市)という中学生が入選。
当たり前なんてどこにもないじゃないもう信じない当たり前など
新聞のコラムだったら、原発事故とか憲法改正とか、ここからいくらでもふくらませられそうな歌だ。
こういう若いというより幼い人の作品が恒常的に選ばれる現象を一部の歌人がにがにがしく思っていることは以前紹介した。
http://d.hatena.ne.jp/takase22/20120725
伝統歌壇はこういう歌をどう評価しているのか聞きたくなる。
こういう「かわいい」歌にまじって、しんみり考えさせられる歌がある。
人生をどう生きるべきかという「ビッグクエスチョン」に触れるテーマを詠んでいるのだ。
6月17日から
死亡率百パーセントの生き物に生まれて私は死ぬのが恐い
                (佐世保市)近藤福代
5年生存率がどうのと言っても、言ってる人含めて人類全員死亡率100%ですから。理屈では完全に理解しているはずなのに、それを当たり前として受け入れられない。頭では分かっていても、気持ちではそう思いたくない。これが人間の苦悩の一番の大本である。
子を亡くす母の悲しみマリアにはマリアの子なり神の子ならず
                (堺市)丸野幸子
千日手続くがごとき日常にやがて王手のかかる日が来る
                (福島市)武藤恒雄
6月24日
百歳の母がもひとつとしをとる祝うべきかな胃ろうの母を
                (佐世保市)近藤福代
この近藤さん、さっきの「死亡率百パーセント」の歌人である。七十代くらいの人なのか、自身も病気を持っているのか、いろいろ気になってくる。心から幸運を祈ります。
7月1日
ふたりとはひとりとひとりさみしさの壺と壺とに水を汲みつつ
                (福島市)美原凍子
ここまでが人生なのかこれからが人生なのか睡魔の来つつ
                (広島市)和田紀元
さみしさを生きる証と雨の夜は独りで酒を飲んで華やぐ
                (生駒市)宮田 修
終わりにちょっといろっぽい歌を6月24日付から。
手のひらのほうが触れれば後戻りできなくなるのはわかっていたけど
                (名古屋市)杉 大輔
手ぶくろは忘れて帰ろうまた君のアパートに来る口実として
                (北上市)小田島 絹