旧友ソムサックは一人で逝った

takase222013-06-21

先週金曜14日の朝、訃報が入った。
タイの友人、ソムサック・トンタウォーンスワン(Somsak Thongthawornsuwan)さんが亡くなったという。56歳だった。
土曜日深夜、翌日放送の「情熱大陸」の編集に立ち会っていたのだが、途中で失礼して空港へ。ばたばたとバンコクへと向かった。
私が1990年から94年まで、日本電波ニュースのバンコク支局長をつとめていたときのスタッフだった。日本の写真学校で学んだことがあり、日本語が話せ、コーディネーションも撮影もできる万能の助手だった。
友人を大事にし、赤の他人でも「かわいそうだ」と言っては助けようとする実に面倒見のよい男で、だから誰にも好かれた。どんなところでもすぐにコネクションをつくり、情報を集めてくる。正規のルートではない国境越えやウラ社会の潜入などという取材も、ソムサックさんがいれば全然怖くなかった。また、政治家からチャイナタウンのヤクザまで不思議な人脈を持つ彼のそばにいるだけで、タイ社会の奥深いところに触れる事ができた。
タイをベースに、ビルマ民主化運動やまだ戦火のやまないカンボジア情勢など周辺国を思い切り取材でかけまわり、かなりのスクープをものにすることができたのも、ひとえにソムサックさんのおかげである。一緒に仕事ができて私は本当に幸運だった。今は感謝しかない。
その後、私は日本電波ニュースを離れて独立し、仕事の上での付き合いはなくなるが、彼はコーディネーター、リサーチャーとして成長しただけでなく、ビデオカメラマンとして腕を上げ、長尺のドキュメンタリーの撮影もまかされるほどになっていた。
2007年には、関野吉晴さんのグレートジャーニー「南方ルート」でラオス編をコーディネートした。フジテレビの「グレートジャーニー」を制作する山田和也監督にラオスの取材をコーディネートできる人を知らないかと聞かれたとき、即座にソムサックさんを紹介したのだった。実はソムサックさんは、日本に留学する前はタイで競輪をやっていた。そこで、関野さんと伴走することになった。テレビで、関野さんと自転車で一緒にラオスを縦断するソムサックさんの姿が流れた。奥さんによれば、この旅を彼はとても楽しそうに語っていたという。
ソムサックさんは、日本で住み込みの新聞配達をやっていたとき、新聞販売店のまかないをやっていた日本女性と恋仲になり結婚、タイに帰って家庭をもつ。
タイでファミリーネームが長いのはたいてい華人だが、彼はタイに多い潮州系の華人だ。つまり、タイ人にしてチャイニーズの家系で日本人の考え方にも影響を受けているわけで、私たち日本人と現地の人がもめたときなど、うまく仲裁に入ってくれるのだった。
子どもたちの歳が近かったこともあって、私が独立したあとも、家族ぐるみでお付き合いしていた。もっとも、最後にお会いしたのはもう10年近く前。奥さんの里帰りで日本にきたとき、うちで焼きそばを食べて、当時飼っていたハムスターを娘さんが抱いてうつっている写真がある。そのあと、娘さんから、私もハムスターが飼いたくなりましたというお手紙が来た。最近はクリスマスカードのやり取りだけになっていて、今回、お子さんたちが見違えるほど大きくなっていた。
その娘さんはいま20歳で大学2年生、お母さん似の美人である。下の息子さんは見上げるように背が高くなっていた。17歳でこれから大学受験だ。
ソムサックさんは親切心で友人の保証人になることも何度かあったようだ。ちょうど一年ほど前、仕事で日本に来ていたとき、会って昼間から飲んだ。保証人になった友人が破産してしまい、そのためにかなりの負債を負って困っていると言っていた。
でも、娘さんがタイ随一の名門、チュラロンコン大学に入学したことや息子さんがタイの日本語スピーチコンテストで全国一位になったことなど、子どもさんの成長ぶりを嬉しそうに語り、「借金あっても何とかなりますよ、大丈夫」と言っていた。
最後は「たかがお金だよ、お互い借金あるけどがんばろう」と握手して別れたのだったが・・。
16日の日曜の夜、バンコク旧市街のチャオプラヤ川そばのお寺の葬儀に参列した。奥さんと二人のお子さんは気丈に笑顔で我々に接していた。ソムサックさん、こんなにいい家族を残して一人で逝っちゃいけないよ。
奥さんに、「借金なんかで死なないように、こんな本を書いたんですよ」と『あきらめるのは早すぎる』を差し上げた。これ読んでればよかったですね、と奥さんに言われ、彼の苦悩にもっと早く気づかなかったことを申し訳なく思った。
遺体は18日火曜に荼毘にふされ、翌日19日にチャオプラヤ川に流された。
橋田信介さん、私のリサーチャーだったインド人のキッド・チャウドリーさん、カメラ助手だったプラシットさん、そしてソムサックさんと次々に旧友が亡くなり、私のバンコクは寂しくなっていく。