拉致問題をも左右する金融制裁

金融制裁の怖いところは、特定の北朝鮮の個人や企業の個々の口座が使えなくなるというのではなく、北朝鮮政府の外貨決済自体が困難になるという点にある。
7年前のマカオのBDA(バンコデルタアジア)事件に戻ろう。
あのときは国連ではなく、アメリカ政府が、「アメリカの金融機関に対して、BDAのために、アメリカのコレスポンデント口座を、直接的・間接的に、開設・維持・管理・運営することを禁じる」ことを予告したことが騒ぎの発端だった。BDAが北朝鮮の偽ドルなどの不法行為を手助けしたからという理由だった。
ポイントは「コレスポンデント(略してコルレス)口座」だ。
これを理解するために、外貨取引の仕組みについて、ちょっとだけ説明する。
私が日本のJ銀行からドイツのAさんに米ドル100ドルを送るとする。この場合、日本からドイツまで米ドル札を飛行機で運ぶわけではもちろんない。
日本のJ銀行がニューヨークの米銀にドル口座を持っており、そこからドイツの銀行が持っているアメリカの銀行のドル口座に100ドル移されるのだ。この口座を「コルレス口座」という。100ドルはニューヨークで「コルレス口座」の間を移動するだけだ。もしJ銀行とドイツの銀行が同じシティバンクコルレス契約を結んでいたら、お金の移動は、シティバンクの中で済んでしまう。
円での取引の場合は、外国銀光は日本の銀行(三菱東京UFJがほぼ独占しているが)に開設した「コルレス口座」によって決済するし、ポンドなら香港上海銀行コルレス・サービスを使うことになる。
BDA事件は、北朝鮮の個々の企業ではなく、BDAという銀行が米ドルのコルレス口座を使えなくなる、つまり米ドルを扱えなりますよと脅されたのだ。こんなことになれば銀行はおしまいである。マカオ政庁がすぐ銀行に乗り込み、北朝鮮との取引を中止・凍結したのは当然だった。
今回の国連決議にもとづく金融制裁は、7年前のアメリカ単独の制裁と比べてどうか。
今回の違いは、アメリカだけでなく、加盟国すべてに金融制裁を呼びかけ、しかも、これまで「要請」としていたのを「義務化」している。加盟国すべてに対して、北朝鮮の銀行に「コルレス契約」を提供するのを禁止したのであるから、きわめて包括的な制裁である。
これには「決議禁止行為に関連する疑いがある場合」という断り書きがあるが、その対象を「核ミサイル関連から禁制品取引等の決議禁止行為・制裁回避行為に拡大」しているから、ぜいたく品輸入なども含まれ、引っ掛けようと思えば、いくらでも拡大解釈できる。
こうして「加盟国における北朝鮮の銀行口座・支店の開設、合弁事業、コルレス契約北朝鮮における加盟国の銀行の支店等の開設等の禁止を要請」したのであるから、もし、これを加盟国がきちんと実行したら、北朝鮮は、米ドルばかりかユーロ、ポンド、さらには人民元による決済も送金もできなくなる。
おしまい・・である。
北朝鮮の先月までの暴れ様から一転して「六カ国協議に戻ります」とネコを被りだした背景には、この金融制裁が与えた衝撃の大きさがあると推測している。
拉致問題北朝鮮がどれだけ「譲歩」するかも、金融制裁の影響の大きさによると私は予測している。
問題は中国の金融制裁が、見せ掛けにすぎないのか、すでに裏取引でもあるのか、あるいは真剣に締め上げているのか、にかかっている。
このあたりに注目して今後の情勢を見ていきたい。

注)決議の第12項にこうある。correspondent relationships を持ってはダメですよと、コルレスについてはっきり書いてある。
“12. Calls upon States to take appropriate measures to prohibit in their territories the opening of new branches, subsidiaries, or representative offices of DPRK banks, and also calls upon States to prohibit DPRK banks from establishing new joint ventures and from taking an ownership interest in or establishing or maintaining correspondent relationships with banks in their jurisdiction to prevent the provision of financial services if they have information that provides reasonable grounds to believe that these activities could contribute to the DPRK’s nuclear or ballistic missile programmes, or other activities prohibited by resolutions 1718 (2006), 1874 (2009), 2087 (2013), and this resolution, or to the evasion of measures imposed by resolutions 1718 (2006), 1874 (2009), 2087 (2013), or this resolution;