先週のニュースだが、ヒッグス粒子の存在がほぼ確実になった。
このニュース、7月5日の一般紙のすべての朝刊(日経をふくむ)で一面トップだった。
たぶん私も含めほとんどの人が、なんでこんなに大きな扱いなのかといぶかったと思う。うちでも、かみさんも娘も、テレビのモーニングショーの解説をぽかんと観ていた。たぶん、解説している側もよく分からなかったのではないか。
記事を読むとたしかにすごいことのようだ。詳しくない文系の私が解説するのは気が引けるが、こういうことらしい。
宇宙は137億年前に、ビッグバンで創発した。
はじめ宇宙は極小のエネルギーの「玉」で物質はなかった。急激にエネルギーが拡散する過程で、不均等な「ムラ」ができ、それが物質=素粒子になった。はじめ素粒子には重さがなく光速で飛び交っていた。直後、ヒッグス粒子が出現、宇宙を満たすことになる。光以外の素粒子はヒッグス粒子にまとわりつかれて動きにくくなり、「質量」が生まれ、お互いにくっつきあって原子をつくるようになった。
新聞各紙を比べると、多くは2枚のイラストを使い、一枚は「宇宙のはじまり」として素粒子がビュンビュン飛んでいるさまを、そして次に「ヒッグス粒子が働くと」として丸いヒッグス粒子で満たされた空間を素粒子がくねくね曲がって進むさまを描いている。
ユニークだったのは日経で、時間軸で説明する「ビッグバンと宇宙の成り立ち」と題するイラストだった。
137億年前 ビッグバン
100億分の1秒後 ヒッグス粒子が発生
光速で飛びかう素粒子⇒速度が遅くなる(質量が生まれる)⇒集まり始める素粒子
3分後 原子核ができる
38万年後 原子、分子ができる
9億年後 星や銀河ができる
このイラストは宇宙の歴史へのイメージを膨らませる。
ビッグバンから100億分の1秒後にはヒッグス粒子が発生したということは、素粒子が自由に飛びまわれたのは、それまでのごくごく短い時間だったわけだ。
3分後には原子核ができた。それが原子になるまでには38万年ものおそろしく長い時間がかかっている。原子核が、飛び回る電子をつかまえるのにかかった時間だろう。そしてついに水素原子ができた。
やがて水素があつまって星になり、暗黒のなかに光がさす。
ヒッグス粒子がなければ、星も銀河もできなかったし、もちろん地球も人間も生まれず、ひいては私も生きてはいない。ヒッグス粒子があって初めて、今のような宇宙が成り立ったともいえる。こうしてヒッグス粒子の発見は、宇宙の成り立ちの解明につながるわけだ。このメカニズムは実に不思議である。
ところで、宇宙創発後のごく初期にできた水素原子は、いま私の体に入っている。人体の70%は水でH2Oだし、アミノ酸も炭水化物も水素原子を含んでいる。137億年の宇宙の歴史が私を構成しているわけだ。太陽で燃えている水素も、その初期にできたものだ。
そもそも、小さなエネルギーの塊からできた宇宙は、昔も今も「一つ」なのだということ、私を含む人類は、宇宙が137億年かけてつくってくれた「作品」であること、などをあらためて気づかせられる。
宇宙の成り立ちに関する科学の成果は、すぐに何か実用的な役に立たなくていい。私たちの「哲学」を支えてくれるのだから。
それにしても、ビッグバン仮説が発表されたのが戦後の1947年。宇宙の歴史が137億年(±2億年)とNASAが発表したのが2003年。ここ半世紀の科学研究のスピードに驚く。この時代にめぐりあわせて実に幸運だったと思う。
一方で、今の時代は人類の危機にある。地球環境の劣化は人類生存条件にカタストロフィをもたらす可能性があり、すでに時間切れだという学者もいるほど切迫している。
人類滅亡の危機にある時代、いわば人類史上の正念場に、宇宙の成り立ちの解明が急速に進む。これは、偶然ではないように思う。新しい哲学をもって、地球の危機に立ち向かえというメッセージではないかと私は勝手に解釈している。