改革派官僚ついに退職

takase222011-09-26

きょうの気になるニュース。
きのうの石巻日日新聞受賞のニュースは各紙で報じられた。

《同紙は現在、部数が半減し、経営は厳しいが、武内部長は「発行し続けることで復興に役立てると信じている」と語った》(毎日)
武内さん、もっと面白いことを言ったのではないかと思うが、長い紹介はない。
写真:右に挨拶する武内さん、ステージ左手では壁新聞を掲げて会場に見せている。

非常に不自然な、不当と言ってよい判決が出た。
小沢一郎民主党元代表資金管理団体陸山会」の土地購入を巡り、元秘書3人が政治資金規正法違反(虚偽記載)に問われた事件の判決で、東京地裁(登石郁朗裁判長)がきょう、全員に有罪判決を出した。
注意しなければならないのは、この裁判は小沢氏が「きれいな政治家かどうか」を問うものではないことだ。私は小沢氏をクリーンな政治家だとは全く思っていない。けれども、この裁判は、無罪判決が当然だと思う。多くの新聞は、この点は論じずに、判決が小沢氏の「求心力低下は避けられず」(読売)、「復権に大きな打撃」(毎日)という角度からのみ報じている。
次に、「先の大戦」での遺骨収集を現地まかせにしたら、誰のものかわからない遺骨が大量に送られていたことが分かったというニュース。
《フィリピンで第二次大戦中に死亡した日本兵遺骨収集事業をめぐり、厚生労働省が日本のNPO法人に委託して集めた骨の中に、戦後相当たって死亡した子供や女性などの骨が混入していた疑いが強いことが25日、分かった。フィリピン人の可能性がある。共同通信が入手した厚労省の検証報告書案や、日本とフィリピンの両政府関係者への取材で判明した。
 厚労省は報告書案で「住民の証言だけを基にし鑑定をしなかった収集法に問題があった」と総括。日本政府関係者によると、海外での日本兵遺骨収集事業で、日本兵以外の骨が混入していた疑いが、国の調査で発覚したのは異例。》(共同)
私は、かつてフィリピンで700体の元日本兵の埋葬場所を見つけたことがあり、遺骨収集を取り巻く事情もある程度知っているつもりだが、こういうことがきっと起きるだろうと思っていた。http://d.hatena.ne.jp/takase22/20080910
《09年度からNPO法人「空援隊」(東京)に収集事業を委託。住民らに情報収集を呼び掛け、発掘などの日当を払う方法を採用。06年度に45柱だったのが、09年度に7740柱、10年度は6289柱が集まった》
フィリピンを少しでも知っている人なら、この方式は決して採らないだろう。
さて、改革派官僚として知られた古賀茂明氏が、きょうついに経産省を辞めた。
1年9ヶ月もの長い間、閑職に追いやられ、その間、歴代経産相に仕事をくれるよう要求してきたが、官僚制の壁は厚かった。
民主党政権公務員制度改革などを批判し、閑職に追いやられた経済産業省の古賀茂明氏(56)=大臣官房付=が22日、同省に辞表を提出した。退職は26日付。
 古賀氏は枝野幸男経産相に「仕事をさせて欲しい」と直訴したが、逆に退職を勧められ、いったん退職を受け入れた。ところが枝野氏が古賀氏の人事を事務方に任せたと発言。古賀氏は「再度大臣としての判断を求める」としたが、枝野氏の方針は変わらなかった》(朝日新聞23日)
彼の本を読み、講演会を聞いた印象では、非常にすぐれた正論を主張していると思えた。
なぜ民主党政権がダメなのか、私は古賀氏の本ではじめて理解できた。原発事故のあと
の菅政権のどたばたがこんなふうに書かれている。
過去の阪神・淡路大震災新潟県中越地震などの経験で、霞ヶ関には危機管理のマニュアルが用意されており、政府が的確な指示を下せばきちんと動くだけの態勢が官僚側には整っていたという。
《「現場で可能なかぎり判断して結論を出せ」
そう言って現場に権限を委譲し、被災者のためになることなら(略)、上の決裁を待たずに実行させることが大切なのである。そうすれば末端の官僚も思い切って動くことができる。
しかし、その大前提として必要不可欠な条件がある。
「責任はおれがとる!」
そういう総理の強い姿勢である。メッセージが明確にあるからこそ、現場は知恵を出し、よかれと思ったことを躊躇なく実行に移せる。(略)
政治主導とは、ある意味ではそういうことなのである。
ところが、菅総理はすべてを自分で決断することだと思い込んでしまった。
「おれが決めるから、とにかくすべての情報と対応策をすぐに上げてこい!」
危機管理マニュアルが無視されたのも、この「白紙の状態からおれがやってみせる」という無謀な気負いが仇になったと私には思える》(『官僚の責任』P31〜)
ここから、原発事故における「ベント」の遅れとその後の官邸と東電の言い争いまで分析が続いていくのだが、民主党が「政治主導」を誤解して突っ走っていくさまの描写はとても説得力があった。
官僚をうまく使えないから、逆にいま、官僚の言うなりになってしまっている。
古賀氏は、15年前に、発電・送電の分離をはじめて唱えた官僚でもあった。
一部の電力自由化は実現したが、改革の中心になっていたある局長が経産省を去り、東電の独占体質は温存されたという。東電が経産省の最高の天下り先で、両者は仲良しクラブだと古賀氏は言う。こんな彼を経産省の責任ある部署につけたかったなあ。
退職後の会見では、このままでは日本の将来が危ないと語っている。
(つづく)