砲撃事件の背景―体制崩壊へ

北朝鮮現地から石丸次郎さんのもとに届いた情報によると、今の北朝鮮住民の暮らしは、90年代後半の飢饉時代以来の困窮ぶりだという。
アマルティア・セン博士流に、俯瞰して言えば、こうなるだろう。
90年代は、配給の機能マヒから来る、エンタイトルメント(食糧確保の権利)の「剥奪」状態が生じた。
その後、自然発生的に「市場」が急激に拡大、住民は商売して稼ぐことでなんとか食べてきた。
そこに、2008年からの市場への圧迫と去年のデフレが襲いかかり、人々は再び「エンタイトルメント」を「剥奪」されたのである。
繰り返しになるが、北朝鮮全土で市場が拡大したことは、改革・開放でもなんでもない。
セン博士は北朝鮮の市場をこう表現する。
「改革後の中国にみられるように、断固として精巧に計画された公共政策というより、むしろ危機に対応して、その場しのぎでできあがった市場機能の勃興」。
市場は戦略的に位置づけられておらず、権力の統制を脅かすとみなされるやいなや、抑圧される。これでは、飢餓は繰り返されるばかりだ。
むろんその大本には、農業政策が思いつき的で不合理なものであること、軍事優先で民生が後回しにされること、食糧輸入を増やそうとしないことなどの伝統的な悪政がある。
金正日が後継者としてのし上がってきた時代は、北朝鮮の経済は今よりはるかにましだった。
それでも、金正日は、金日成の弟で金正日の「叔父」にあたる金英柱(キムヨンジュ)、金日成の後妻で「継母」の金聖愛(キムソンエ)、その子(腹違いの弟)金平一(キムピョンイル)らを「キョッカジ(脇枝)」として、彼らの支持勢力とともに権力中枢から追い払うという大変な闘争の末に、父の権力を引き継いだのである。
一人の個人に異様なまでに集中した権力を、別の一個人に譲り渡すということは並大抵のことではない。
いま、再び餓死が出るまでに困窮を極める北朝鮮で、三代世襲がうまくいくとはとても思えない。大混乱の最中での金正恩への権力移譲は、体制崩壊の引き金を引く可能性がある。