数年前、東京湾に注ぐ川、「荒川」の番組を作った。
歴史を辿ると、この川の水上運送は非常にさかんで、世界一の大都市、江戸の暮らしはこの川に依拠するところが大きかった。源流近くの森からは木材が、平野部の農村からは穀物などの食糧が運ばれてきた。その逆に、上流へと遡る荷には肥料つまり糞尿もあった。
下肥船=おわいや船が、江戸の糞尿を今の埼玉県川越市あたりまで運び、近郊の豊かな農業を支えていた。排泄物をスケール大きく循環させるシステムが機能していた事実に感動した。世界の中世の都市で、この循環を江戸ほど組織的に行っていたところはないそうだ。
環境負荷の最小化を目指すとき、いま先進国にあるような下水システムでよいのかは大テーマであるが、今回はトイレの話に限定しよう。
世界中で急速な都市化が進む現在、排泄物処理は深刻な問題である。例えばナイジェリアには、人口1億5000万人に対して、公衆トイレは500しかない。結果、都市部の道端には人糞が積まれたままになっているという。これでは感染症が蔓延し、栄養不良の子どもたちの命取りになってしまう。衛生は、好みの問題ではなく、命にかかわる。
大きく世界全体を見回すとき、必要なのは、衛生的で環境負荷の少ない安価なトイレである。
私は、イランで見トイレを世界標準として薦めたい。(写真)
便器は基本的にタイ式と同じで、水道からホースが伸びている。ホースの先には小さなバルブが付いており、押すと水が出るようになっている。
これなら、ボウルを使うときのようなテクニックは不要で、日本人でもお尻を洗うのが簡単だ。
この種のトイレは、イスラム圏ではスタンダードになっているようだし、タイの都市部でも広く見られる。ひょっとしてタイが起源かもしれない。合理的で使いやすいから普及しているのだろう。
世界を100人の村と見れば、便座に腰をおろす「洋式」を使っているのは、たぶん20人いないだろう。しゃがみこみ式で簡易水洗、水道ホース付きというのが、清潔さからも、また環境負荷の面からも広まっていくのではないか。紙を使う場合でも、水で清めてから紙で拭けば、紙の使用量を抑えられる。
50年くらい経てば、ウォシュレットでお尻を水で洗う習慣がついた日本人が、イラン式トイレに移行しているかもしれない。