中村哲医師とアフガン4

takase222009-08-30

酒を飲みながら選挙報道を観る。政権交代が実現してよかった。
ジン・ネットのADがフジの片山さつき密着をやっているので、フジを中心にみていた。片山さつきがいくら土下座しても、選挙民をバカにしているのが顔に出ている。映像は恐ろしいもので、人格が出てしまう。
1時近くになって有田さん落選の報。がっくりきた。有田さん、これでおわりじゃないですよ。落選をひとつのメッセージとして受けとってください。
ところで、アフガンだが、中村哲医師によると日本への親密感はとても大きいという。理由は、日露戦争と「ヒロシマナガサキ」だ。
アジアのほとんどが植民地であった百年前、日本とアフガニスタンがかろうじて独立を維持していた数少ない国だった。そこに日本が当時の超大国ロシアを撃退した。小さくとも大国に屈せぬ独立不羈の日本というイメージが語り継がれてきた。また知られていないことだが、アフガン人の大半は「日本とアフガニスタンの独立が同じ日だ」と信じているという。
ヒロシマナガサキ」は、原爆被害への同情だけでなく、あの廃墟から立ち上がって技術大国として見事に繁栄を築いたこと。そして半世紀にわたり他国に軍事干渉しなかったことへの賞賛だという。つまり大国なのに平和的なのが素晴らしいというのだ。
中村さんたちの用水路、井戸掘り、医療支援など様々な貢献は、三つ目の親日神話となるかもしれない。これは、日本がアフガンの再生に、独自の存在感を持って支援する可能性を拓くものだと思う。

私は中村さんに会ったことはないが、彼の人となりを本やDVDで知って、二つのことに感心させられた。
一つは、国際貢献やNGO活動をやっている人のほとんどに見られる、気になる「におい」が全くないことだ。その「におい」とは、「私はとても善い事を、自分を犠牲にして、やってあげています。偉いでしょう」という意識だ。中村さんはDVDでこう言っている。
《「国際貢献」という言葉は好きでない。どこであっても泣いていれば、「なんで泣いているの?」と声をかけるじゃないですか。そんな気持ちに近い。実際は「地域協力」です。私はアフガニスタン東部と九州しかよく知らんのですよ》
二つ目は、東部アフガニスタンという一地域の事業に、非常に広く深い位置づけを与えていることだ。NGO活動家には、「この村の子どもたちの笑顔を見たいのでこの活動をやっています」といった狭い視野の人がいるものだが、こういうのとは中村さんは無縁である。
《常々、「ペシャワールアフガニスタンは、アジア世界の抱える全ての矛盾が見える」と述べてきたが、ここに最大の環境問題、温暖化による大旱魃に遭遇し、世界規模で進行する根源的な問題と対峙することになったといえよう》(命の水を求めて)
中村さんは「農民が食べられるようになる」ことから「平和」の問題へ、さらには「環境」問題を視野において活動しているのだ。
私は「すごいな」と思う人を知ると、その哲学、思想的背景をしりたくなる。横田早紀江さんのことをあれこれ勝手に詮索しているのもそのためだ。http://d.hatena.ne.jp/takase22/20080506

前回、中村哲医師が国会に呼ばれて自衛隊派遣は有害無益と意見陳述したことを、《中村さんがこんな発言をすることは非常に勇気のいることだったと思う》と私が書いたことについて、親しい読者から「中村さんは、勇気を必要としなかったのではないか」という意見が寄せられた。
「私は微動だにしない中村哲さんの、静かな、澄んだ心の内を想像しました。いつもの気持ちを普通にありのままに…彼にとってはそう言う以外にはありえなかった…言葉を振り絞る必要もなかったのではと思いました」とある。なるほど、そうかもしれない。
中村哲さんとはいったいどんな人なのか?
(つづく)