エノラ・ゲイ反転疑惑

takase222009-08-05

3日(月)の「報道ステーション」の特集「広島 原爆投下から64年〜なぜ警戒警報は鳴らなかったのか」は見ごたえがあった。
8月6日、広島。警戒・空襲警報が《7時31分には解除され、人々は生活の営みを開始した。その40分後、3機の米軍機が来襲し、8時15分、広島に原爆を落とした。この時だけはなぜか警戒警報は鳴らなかった。世界で初めて使われた原子爆弾は人々が無防備な中、投下された。》(番組ホームページより)http://www.tv-asahi.co.jp/dap/bangumi/hst/feature/detail.php?news_id=7038
もし、警戒警報が鳴っていたら、多くの人が防空壕に避難し、直撃は避けられて生き延びただろうという。なぜ鳴らなかったのか。ここに恐ろしい仮説がある。
あの日、三機のB29はいったん広島上空を旋回し東の方に飛び去った。もう大丈夫と警報が解かれたのをわかった上で、爆撃機エノラ・ゲイ」は反転して広島に引き返し原爆を投下した。それは《無防備の中で地上に出ていた大人口を丸ごと被爆させ、原爆の影響を測る「人体実験」の効果を最高度に上げた》。こう言うのは、原爆投下直後に海軍による被爆調査に参加した若木重敏氏だ。

そして、この謎を追っているジャーナリストとして画面に登場したのが長谷川熙(ひろし)さんだった。「おお、なつかしい、長谷川さんだ」と思わず声に出た。長谷川さんは朝日新聞のOBで、私が心から尊敬するジャーナリストである。
知り合ったのは北朝鮮問題がきっかけだった。実は長谷川さんは、北朝鮮系金融機関、「朝銀」(朝鮮信用組合)を取材したパイオニアである。結局「朝銀」は次々に破綻し、1兆数千億円にも上る公的資金が投入されることになるが、長谷川さんは、不正融資疑惑をはじめその深い闇を『アエラ』で追求し、大きな反響を巻き起こした。

私たちは2000年4月と01年12月に「サンデープロジェクト」で、テレビでははじめて「朝銀」を本格的に取上げたが、最初は長谷川さんの記事をよりどころに取材を進めたものだった。
朝銀」は総連の「金庫」とも「財布」とも言われ、北朝鮮への送金の資金源とされた機関である。放送のリアクションはすごかった。「ジン・ネット」に何組もの抗議団が押し寄せ電話が鳴り止まない。受信した抗議ファックスは200通を超えた。「朝銀とはそれだけ重要な組織なのだ」とあらためて認識させられ、そこに踏み込んだことに危険を覚えた。警察もうちの会社と担当ディレクターの自宅を重点パトロールすることになった。
当時、長谷川さんにお会いして話を聞く機会があったが、総連や朝銀の幹部の住所が分ると出かけていってはピンポンして取材を申し込んだという。まさに足でかせぐ取材である。彼はこの最後の北朝鮮タブーに、初めて、しかもたった一人で挑んだのだった。
怖くありませんか?と聞くと、「いや、だって正当な取材活動をしているだけなんだから」と飄々と答えたのを記憶している。
朝日新聞の友人によると、社内では長谷川さんは仕事一途の「変わり者」と見られていたそうで、出世をすることもなく、退職後はフリーとして主に『アエラ』に寄稿してきた。もう75歳になられたはずだ。まさに生涯一記者。
その長谷川さんが15年ものあいだ追いかけているのが、この広島に警報が鳴らなかった謎だという。今もなお情熱を持って取材を続けるテレビの長谷川さんの姿に感動を覚えた。長谷川さんの取材の成果は、今週号の『アエラ』(8月10日号)の記事「8月6日 エノラ・ゲイは二度舞った」にまとめられているので、ぜひ読んでいただきたい。

長谷川さんによると、この問題は、秦郁彦昭和史の謎を追う』にも取上げられていたという。出てすぐ買ったのに本棚の奥にツンドク状態だったこの本を取り出してみると、「下巻」の「原爆機 広島へ−反転爆撃への疑惑」という章に書いてあった。
長谷川さんは日本側のさまざまな記録を調べ、証人に会い、「報道ステーション」ではアメリカにまで行ってエノラ・ゲイの航空記録を書いた乗組員など関係者にインタビューする。最終的には確実な証拠は見つからないのだが、「反転」疑惑は非常に濃厚だと思われる。
たとえば、原爆投下の2ヶ月余前、45年5月29日付で米陸軍航空隊参謀長は投下任務を受けるエノラ・ゲイの部隊にあてて指示を出していた。そこには《このプロジェクトの性格は実験である》こと、《この兵器の今後の発展のために、最大限の成果と情報を獲得しなければならない》ことが書かれてあるという。(アエラより)
アメリカ人の多くは今も原爆投下をよしとしているようだ。《米キニピアック大学(コネティカット州)の世論調査研究所は4日、米国による64年前の広島と長崎への原爆投下について、米国の有権者の61%が「正しい行為だった」と回答したとする全国世論調査の結果を発表した。「間違いだった」は22%で、米国人の圧倒的多数が原爆投下を支持していることがわかった。》(読売新聞)
だが、もし疑惑どおりならば、「戦争の早期終結」のために原爆を落としたとのアメリカ側の正当化論理は完全に吹き飛ぶ。原爆投自体が非人道的兵器である上に、わざわざ反転飛行をして「最大限の効果」の実験をするとは・・・。
もちろん、あくまで疑惑であるが、これに決着がつく日は来るのだろうか。
それにしても長谷川さん、相手が北朝鮮だろうがアメリカだろうが、おかしいと思ったらとことん食らいつく記者魂には、ほんとうに励まされました。ますますお元気でよい取材をされますように。