イランで会った有名キャスター

takase222009-05-31

長い出張だった。イランと米国に出張して、夕方帰国した。
北朝鮮が核実験をしたため緊急特集を組むことになり、急遽、米国から素材を電送するなどせわしい動きになった。その素材を含め、今朝のサンプロで「緊急追跡 朝鮮半島激震 『再核実験』と『元大統領自殺』」が放送された。作業は徹夜続きでVTRができあがったのは放送10分前だったという。
あとで特集を観たら、私が2回VTRに登場していて、26日に「核実験から一夜が明けたニューヨークです」と新聞を持ってレポートし、前日25日には、イランから、「きょうの北朝鮮の核実験について、アフマディネジャド大統領は何を語るのでしょうか」とレポートしている。タイミングが良すぎて不思議に思った人も多かったろう。
25日の午後、私はテヘランアフマディネジャド大統領の記者会見場にいた。
左隣に坐った日本人と名刺交換したら、読売新聞の特派員の久保健一さんだった。久保さんが「北朝鮮が大変ですね」と言うので、ポカンとしていたら、つい数時間前、東京から核実験の第一報が入ってきたという。私は、ホテルのネットがつながりづらいこともあって、そのニュースを知らなかった。
核実験は6月に入ってからと予想していたので慌てたが、今から日本に戻るわけにいかない。そこで、予定していた質問を切り替えて、北朝鮮との核・ミサイル連携を大統領に聞き、その深夜にアメリカに向かったのだった。
記者会見場で私の右隣には、アジア系の顔つきの女性が坐っていた。アメリNBCの人だった。お母さんが日本人だというので、「(先日釈放された、やはり母親が日本人の米女性ジャーナリスト)ロクサナ・サベリのように逮捕されないといいね」、などと冗談を言った。話しているうち、顔に見覚えがあるので、「あなた、長いことレポーターやっているでしょ、テレビで見たことがあるよ」と言うと、にっこり微笑んで頷く。NBCの看板キャスター、アン・カリーだった。安藤優子さんにちょっと似ていると思うがどうだろうか。(写真)
彼女は、アメリカのテレビで女性しかも有色人種として進出する先駆けとなり、華々しい活躍で、マスコミ界のアメリカン・ドリームの見本となった人である。現在、NBCのニュース番組『トゥデイ』および時事番組『デイトライン』のアンカーを務めている。
「1987年のロサンゼルス地震、1989年のカリフォルニア州サンバーナーディーノでのパイプライン爆発、2007年のダルフール紛争の報道に対して、エミー賞を3度受賞」。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%AA%E3%83%BC
ネット情報によれば、お母さんはなんと山形県出身だったという。
「母親は山形県の米作農家の出身であり、太平洋戦争の終戦後に東京の路面電車の車掌として働いていた際に、進駐軍として駐留していたアメリカ海軍軍人の父親と知り合い結婚した」とある。子ども時代は、父親の転勤で毎年のように転校し、家庭が貧しかったため働きながら大学を卒業したという。田舎町の放送局からどんどん大きなテレビ局に引き抜かれて今の地位に上り詰めた。
大統領の記者会見では30人近くの記者が質問した。彼女をふくめ何人もがイランと米国との関係を質問した。聞いていると、やはり彼女が際立っている。同じような内容を質問しているのだが、他の人とはっきり差がついている。大統領も彼女の質問には時間をとってきちんと答えていた。この違いはどこからくるのか、勉強してみたい。