「バンキシャ!」誤報事件雑感

真相報道バンキシャ!」の不祥事で日テレの社長が辞任した。処分されたなかに複数の親しい人がいた。
足立久男報道局長が更迭された。足立さんとの付き合いは長い。
初めて一緒に仕事をしたのは、「東南アジアの国境紀行」という企画だった。もう20年以上も前の話だ。密貿易あり、麻薬あり、反政府ゲリラありのスリリングな潜入取材で、リポートしたのが足立さんだった。外報部のエースともいうべき優秀な記者だった。
この番組では、私はフィリピン・インドネシア国境など島嶼部をコーディネートし、大陸部のタイ・ミャンマー国境などを担当したのが、イラクで殺されたジャーナリストの橋田信介さんだった。
その後も、フィリピンの腎臓移植(http://d.hatena.ne.jp/takase22/20071013/)などで足立さんから仕事を頼まれることが重なり、公私とも親しくお付き合いした。
若いころから第一線で取材してきた足立さんは、ニュース現場を大事にする人で、懲戒処分された袴田局次長とともに、まっとうな報道を目指していると思っていただけに、今回の事態は非常に残念である。
岐阜県では06年、17億円の裏金の存在が発覚。古田知事はじめ行政職の6割を超える職員ら計4379人もの処分を出した。職員やOBが裏金は弁償し、県あげて再生を誓っていたところに去年11月、今も裏金づくりは続いているという「バンキシャ!」の放送があった。
番組は、岐阜県の土木事務所が架空工事を発注し、裏金づくりをしているという元建設会社役員の話を顔なしの匿名で報じた。県はあわてて調査したがその事実はない。その元建設会社役員、蒲(がま)保広という人の証言が虚偽だったのだ。彼の銀行の送金記録も改竄されていたという。
県は蒲容疑者を告訴。県警は9日、うその証言で県の業務を妨害したとして偽計業務妨害罪容疑で彼を逮捕した。テレビの虚偽報道が原因で人が逮捕されたというのは史上初めてだろう。NHKと民放でつくる第三者機関「放送倫理・番組向上機構」(BPO)は、特別調査チームを設けて審理に入るという。
何が問題なのか、今朝の朝刊紙面から抜き出してみると;
会社の危機意識の薄さ、詰めの甘さ、高視聴率を狙ってセンセーショナルに走る傾向、取材態勢にそのものに重大な瑕疵、コンプライアンスの弱さ、倫理の勉強の不足、取材の基本が踏まえられていない、人材の適材適所の問題・・・。
制作会社の関与を問題にしている新聞が多い。例えば朝日の社説では、06年にも日テレのニュースで「やらせ」があったと述べた後、《これも制作会社の取材を確認せず放送したケースだった。「バンキシャ!」も、複数の制作会社が参加したチームがスクープを目指した過程で起きた。優れた報道番組を作っている制作会社ももちろんあるが、報道について十分な教育をされていない取材者が功をあせれば、誤報を生む危険は大きい。それを防ぐ教育とチェックは、発注するテレビ局の責任である。》
これでは、まるで制作会社が未熟者で、これをテレビ局がちゃんとしつけないからだめだと言っているように感じる。それにこうした不祥事は「教育」でなくなるのか?テレビ界の不祥事が繰り返され、そのたびに「教育」はなされても、いっこうになくならないではないか。
誤報」の経緯についての感想を言うと、まず、これだけの深刻な問題を報じるさいに、一人の証言だけに頼ることは安易にすぎる。しっかりした証拠で裏づけをするのが常識だろう。蒲容疑者は、警察に「情報提供謝礼ほしさに虚偽の証言をした」と供述しているという。カネ目当てにマスコミに擦り寄ってきたことになる。
毎日新聞が民放の取材手法への疑念として「大事件の現場などでは、取材対象者に謝礼を払ったといううわさが絶えない」と書いているが、実際、安易に謝礼金を出すという悪いクセがある。そして、業界では「バンキシャ!」は、謝礼の金額が他より多いことで知られていた。高いお金を出せば、優先的に取材できるし、例えば事件現場に行ってもらったり友人に電話してもらったりと「演出」が可能になって、いい「絵作り」ができるわけである。証言者も張り切って、面白いコメントをしようとするだろう。
これは地道な説得つまり手間ひまをはしょって手軽に速く取材しようとする傾向、さらにはセンセーショナルな映像、証言で視聴率をかせごうという体質が背景にある。1月の日記に、視聴率は否定的な面ばかりじゃないよと書いたのだがhttp://d.hatena.ne.jp/takase22/20090127、あれはものごとの一面で、今の行き過ぎた視聴率競争は大きな問題だ。
そして、いま経済危機で制作費がいっそう削減されようとしているとき、「面白い番組をコストを抑えてつくろうとする傾向の中に、誤報を生む落とし穴はなかったか」(朝日社説)という指摘は怖さを伴って迫ってくる。他人事ではない。