オバマ、ザ・スーパーヒーロー

オバマの就任式は異常な事態である。
アメリカがというよりそれ以外の世界が。テレビで朝から深夜まで放送されたほか、号外まで出た。駅売りのタブロイド夕刊紙までが、オバマ就任演説を全文掲載していた。かなり長いが、電車のなかで全文を読みたい人がたくさんいるのだろう。そして今朝になると、演説の全文をなんと英文で載せた新聞もあった。英字新聞でもないのに、この扱いは何だ?
オバマ当選のときも注目度はすごかったが、経済危機のなかで、彼に対する世界の期待がいやましに膨らんでいったようだ。この就任式の様子と世界での報じられ方を見ると、どうやら、とんでもないスーパーヒーローが誕生したように思われる。
オバマの就任演説は、世界の隅々で、テレビやインターネットで観られ聴かれたことだろう。ボルネオの森の小数民族の集落にも、南太平洋の小さな島にもライブで伝えられたのだ。伝達手段の急激な発達がもたらす情報革命を実感する。
スーパーヒーローを生み出すことをも、また引き摺り下ろすことをも、この情報革命は加速している。ブッシュへの世界からの批判が、オバマへの交代をもたらしたとも言えるのだ。
ベトナムから手を引くまでと比べれば、イラク戦争でのアメリカの政策転換の速かったことに驚く。世界の人々の声がそれだけ強まったとも言える。
人類の歴史は、一見、一握りの権力者が作っているようだが、大きく俯瞰すると人民の能動性が強まっていく過程だと思う。いま私たちはその能動性の増大が爆発的に加速される時代を生きている。
就任演説は地味で抑制したトーンと評されているが、深刻な危機を訴える様子は、多くの人にかえって好もしく聞こえただろう。決断力を感じさせる低いドスのきいた声、冷静で誠実そうな立ち居振る舞いは、国民の信頼感を高める効果がある。
オバマ演説の中身の中核は、「自由」とそれに伴う「責任」であり、一言で言えば「アメリカというイデオロギー」である。
オバマは建国以来の先祖たちをたたえてこういう。
《私たちのために、彼らは汗を流して懸命に働き、西部を開拓した。むち打ちに耐え、硬い土を耕した》
私などは、あなたはが権利を尊重するという、西部開拓のなかで虐殺され絶滅に瀕した先住民(いわゆるインディアン)は、どこに位置づけられるんですか、とチャチャを入れたくなるが、この西部開拓の偉業達成に「むち打ちに耐えた」アフリカ系を含めているのは新しい。国民の統合を重視したからだろう。
アメリカの大統領が「アメリカというイデオロギー」を宣言することは当然だが、オバマの訴え方は強い説得力を持っていた。
テレビで報じられてCM何億円分に相当するという表現をよく使うが、この大統領就任が世界で報じられた宣伝効果は未曾有のものだろう。アメリカのイメージは劇的に変り、世界におけるアメリカの精神的指導力は、この就任式で一気に強まったと思う。
テレビでは大群衆が感動して叫び、黒人が涙している。
それを観ながら、娘がぽつりと言った。
アメリカ人になりたいなあ・・・」
きっと日本の何人もの若者が口にしただろう。