
正月には国立市の谷保(やほ)天満宮に家族で初詣に行く。
いつもより遅く、暗くなりかけた夕方5時すぎに行ったのだが、まだ人が行列をつくっていた。みな願い事がたくさんあるのだろう。境内に梅園があり露天が並んでいる。小さなつぼみの枝の向こうに細い月を見ながら、焼き芋を食べた。月並みだが、よい年になりますようにと願いながら。
さて、今年は、「覚り」について書いてみたい。
なぜそんなことを書くのか。
一つは自分のため。新年を迎え、残された時間が短いと痛感した。それで、自分の人生の目標である「覚り」について考えをまとめておきたいと思ったのだ。
また、ひょっとしたらブログの読者にヒントになることがあるかもしれない。私も、これまで多くの人の言葉や考えに影響を受け、助けられてきたからだ。
しかし、そもそも自分はまだ覚っていない。大変なテーマをどこからどう書いていったらいいかもよく分らない。あくまで「極私的な」アプローチで書いていきたい。
「覚りたいと思っている」と言うと、たいていの人が「えっ」という顔をして私の顔をまじまじと見る。この人、おかしいんじゃないか、という表情で。
いまごろニューエイジやっているのか、と露骨に冷笑されたこともある。「そんなに悩んでいたのか」と同情されたりもした。「覚り」を求めるというのは人間として弱いからだと思われたのだろう。
仏教を勉強している高校時代の友人は、覚りなんて絶対に無理だと断言した。それは「欲望を無くすことは生身の人間にはできないから」。彼は「覚り」をすべての欲望を断ち切ることだと理解していた。
ある人は、覚らないほうがいいという。「だって、覚ったら、人生面白くないだろう」。覚るとは喜怒哀楽のない世界に入ることだと解釈しているらしい。
「癒し」をかかげる仏教の本、例えば「ほっとする」何とか、などという書名の本だと、「覚る努力なんかしなくてよい、君は煩悩まみれの生身の人間、そのままで覚っているのだよ」となるかもしれない。
以上のような理解は、みな正しくないと思う。
覚った人は感受性がなくなるという誤解についてだけ触れておこう。
自ら深い覚りの境地に至った道元禅師は、『正法眼蔵』という大著をあらわしたが、そのなかでも最もよく読まれる「現成公案」(げんじょうこうあん)の巻で、「覚り」とは何かを端的に説明したあとにこういっている。
《しかもかくのごとくなりといへども、花は愛惜(あいじゃく)に散り、草は棄嫌(きけん)におふるのみなり》
覚ったあとでも、花が散るのはまことに惜しいし、雑草が茂ってくるのは実に嫌なものだというのである。
学んできて分ったのだが、俗説とは逆に、覚るとある意味、ものごとをいっそう深く感じるようになる、感受性は豊かになるようだ。
「覚り」の中身については後で書くとして、なぜ自分は「覚りたい」と思ったのかから話をはじめたい。
かつて私は共産主義を信奉していた。高校で映画「水俣」に衝撃を受け、こんな間違った世の中はひっくり返さないといけないと革命運動に飛び込んだ。ロシア語を勉強し、米軍や自衛隊の基地にデモをかける、典型的な左翼青年となった。
マルクス主義は素晴らしい理論に思えた。土台が上部構造を規定するととらえるマルクス主義で、経済から芸術や道徳にいたるまで社会全体をすっきりと解明できる。その理論で世の中を一刀両断に統一的に了解できるところが気にいった。
人の悩みは主要には社会的なものだと思っていたから、世直しで不幸の原因を無くせば、みなハッピーになり人生は解決すると考えた。自分個人の生き方としては、社会進歩に少しでも貢献し、前のめりに倒れて死ぬ、それでいいと思っていた。
仏教で言う四苦八苦、生老病死に、愛別離苦(愛しい人と必ず別れなくてはならない)や怨憎会苦(憎い嫌な人に巡り会わなくてはならない)などの個人的な悩みはほとんど目に入っていなかった。
若かった私は、実存的な悩みの深さを過小評価していた。
(つづく)