病院に居られない!2

介護保険がスタートした00年、厚労省は、医療保険を使う「医療型療養病床」に加え、新たに、介護保険を使う「介護型療養病床」を認可した。その後4年間で「介護型療養病床」が一気に15万床も生まれた。
ところが、06年、厚労省は、「医療型」25万床と、15万から少し減って当時13万床になっていた「介護型」、合わせて38万床の療養病床を15万床へと6割もの大幅削減を決めた。2012年までに、「医療型」を15万床に削減、そして6年前に政府が音頭を取って新設した「介護型」はなんと全廃することにしたのだ。2012年とは4年後である。
「療養病床」の削減を決める直前、06年5月、国民の不安に答えるように、川崎厚労相は国会でこう述べた。
《療養病床が老人保健施設等の介護施設に転換することにより、受け皿となることが可能であると考えております》
そして、厚労省は、廃止する「療養病床」をそのまま「老人保健施設」へと転換するよう促すことになる。
まさに猫の目行政だが、なぜこんなことになったのか。
04年から06年にかけて、小泉政権竹中平蔵氏らが主導した「経済財政諮問会議」が医療費の厳しい抑制を求めたのに対し、厚労省が具体的な数字(対GDP比)で約束する代わりに取り引きの一つとして「平均在院日数の短縮」を約束したという経緯があるという。これは、日本療養病床協会の武久洋三氏に教えてもらったのだが、氏は会長就任挨拶でこれを指摘して、厚労省の不当さを訴えている。
小泉政権時代の経済財政諮問会議により、聖域なき改革として、医療についてもGDPに見合った診療報酬にしようとする要求があり、厚生労働省は数々の指摘を受けていたようだ。それに対し、尾辻厚生労働大臣を先頭にその理不尽な要求をいかにかわすかに注力した結果、医療費適正化として二つの約束をしたという。それが、平均在院日数の短縮と特定健診である。》http://ryouyo.jp/chairman080401.html
「療養病床」には寝たきりなどの長期入院者がたくさんいるから、これを削減すれば「平均在院日数の短縮」が可能だ。そして寝たきり高齢者を、「老人保健施設」に入れれば、そこは病院ではないから「在院」にはならない。まさに机上の理屈である。
では、「老人保健施設」は受け皿になりうるのか。
老人保健施設」は、通称「老健」と呼ばれ、「病院から家庭に戻るための中間施設」で、「病状は安定しており、入院治療を行う必要はないが、リハビリや看護、介護などの施設療養が必要なお年寄りが対象」とされる。
特別養護老人ホーム」(特養)と同様、公的施設だが、「特養」が長期利用型なのに対し、「老健」は中期利用施設で、入所は原則3ヶ月である。もっとも、実際には、「特養」は入所希望者が列をなしていて2年待ち、3年待ちという状態だし、自宅でお年寄りを看られない家族は多いので、3ヶ月で「老健」を退所できる人は少ない。やむなく、ある「老健」から別の「老健」へと渡り歩く高齢者も多い。
ところが、この「老健」は医療機関ではない。療養病床は医師の数が100人に3人必要なのに対し、「老健」では100人に1人の割になっている。また、「介護型療養病床」で亡くなる割合は26.9%もあるのに対して、「老健」は3.5%しかいない。つまり、「老健」は医療がさほど必要ではない高齢者のための施設なのだ。
老健」を取材した仲間によれば、日常的な人手不足で、夜になるとさらに大変だという。深夜、150人近いお年寄りに対して7〜8人の介護・看護スタッフが、2時間おきの体位移動、排泄介助でてんてこ舞い。ひっきりなしのナースコールで、スタッフはいつも廊下をかけているという。夜は医師は常駐しない。
こうした施設に医療機関である「療養病床」からの患者を受け入れるのは無理だという声が現場では強い。
そこで、厚労省は、「転換型老健」という多少は医療のグレードをアップした「老健」のカテゴリーを新設した。とは言っても、医師の数は高齢者100人に1人プラス「容態急変で呼べる医師」で、医療の質は「療養病床」より大幅に落ちるのは変わりない。
これで、人件費は圧縮され、高齢者一人当たり月額8万円医療費が減らせるという計算である。すべては、医療費を下げるという大目標に奉仕することになるのだ。
そして、私たちの知らないうちに、療養病床の削減はすでに始まっていた。
(つづく)