Sickoをめざす長寿医療制度

takase222008-04-23

近くの寺に蓼(たで)の花が咲いていた。薄紙のような花弁が風にヒラヒラとはためく。《蓼食う虫も好き好き》のことわざから、憎まれ役のイメージがあるが、白い花は頼りなげで可憐である。小さな黒い実をつけ、それが苦いらしい。どれだけ不味いのか、こんど試してみよう。
ひさびさに日本国民が怒っている。「後期高齢者医療制度」の導入である。
ガソリン税」も騒ぎになっているが、こちらは優先順位から言うとどうでもいい。新医療制度こそが大問題だ。
国民の憤激の声に、首相はあわてて名前を「長寿医療制度」などと変えた。また舛添大臣は「大臣のほんね」なるコーナーで、皆さん誤解しています、これまでと全く変わらない医療が受けられますよと繰り返し釈明している。政府が猫なで声で「大丈夫です」というときは非常に危ないことが多い。これは動画で見られるが、大臣の表情から必死さが伝わってくる。一見の価値がある。http://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg1788.html
保険証が届かない手続き上のミスや、広報が足りないことからくる「混乱」は、表面的なことにすぎない。政府がめざしているゴールが、映画“Sicko”(シッコ)に描かれたアメリカ医療であるらしいということが恐ろしいのだ。
アメリカの弱肉強食の世界は、貧しい福祉、とりわけ医療にはっきりと現れている。アメリカ映画を観ていると、何でこんなところに!と思うような場面で医療費が顔を出す。
たとえば映画「スパイダーマン3」には《砂男》が登場するが、これはマルコという脱獄殺人犯だった。彼が脱獄した理由は、なんと《病気の娘の医療費を得るため》だった。
また、巨大タバコ会社とジャーナリズムの闘いを描いた社会派映画「インサイダー」では、副社長だったラッセル・クロウが突然解雇される。それを知った妻がパニックになって叫ぶ。「じゃあ、私たちの医療保険はどうなるの!」。
アメリカでは、高齢者と低所得者以外は公的医療保険はなく、多くは民間医療保険に頼らざるを得ない。被雇用者は企業の医療保険制度が使えるが、失業すれば民間保険に加入するしかない。だがこれがバカ高いから、失業者にはとても払えない。妻がパニックになるわけである。アメリカでは4,700万人の国民が医療保険未加入(うち900万人が児童)だ。
事故で指を2本切り落としたが、医療費が足りず1本だけしか接合しなかった、あるいはお金がなくなった入院患者を病院が路上に放り出すなどという事例が実際に起きているのがアメリカである。
映画“Sicko”(シッコ)では、9.11のとき、世界貿易ビルに人命救助で駆けつけたボランティアのレスキュー隊メンバーが登場する。危険を顧みずに献身した彼らは、有害な粉塵を吸い込むなどして事故後何人もが体を壊す。政府は何もせず、超高額な医療費に治療どころか健康診断もままならず途方にくれる彼ら。マイケル・ムーア監督が彼らをマイアミからクルーザーに乗せて出航する。行き先はキューバだ。グアンタナモ基地に収容されているアルカイダなどの「テロリスト」には、健康診断も治療も施されていると聞き、頼み込もうというのだ。圧巻は、グアンタナモ基地に向かって船上からムーア監督がマイクで叫ぶシーン。「みなさーん、ここに9.11で活躍したアメリカの英雄たちがいます。治療を受けさせてくださーい」。結局、基地には入れず、上陸したキューバの病院で、無料の健康診断、廉価の薬をもらって、英雄たちは涙にくれるのだった。その涙には、嬉しさとともに自国アメリカに対する情けなさも込められていると思った。
日本は1961年に国民皆保険を作り上げ、2000年、WHOが医療の総合達成度で世界一と評価した素晴らしい医療制度を持っていた。これが小泉内閣の下での《改革》で、ボロボロにされてきた。新制度は本格的な破壊行為のはじまりだ。これは明らかに《国益》に反する。
自民党内の新自由主義信奉者には、「国を愛する」などと言ってほしくない。こういう《改革》を行なうものたちこそ《亡国の徒》ではないか。