藤沢周平は日本の匂い

小林信彦が、今年を振り返ってこう言う。
「今年はひどい年であった。われながら、よく生き抜いたと思う。戦後六十余年、これだけ国民が踏んだり蹴ったりされた年はないと思う。
昭和三十年代に生まれていなかった人たちが、その時代(なぜかセピア色に染められている)を回顧する、というフシギな現象はそこから生まれる。筋の通らない数々の殺人が起きたのも、今年の特徴である」。(週刊文春12月20日号)
「これだけ国民が踏んだり蹴ったりされた年はない」という感慨には共鳴するものがある。
藤沢周平ブームと言ってもいいような現象が続いている。小説が次々に映画化、テレビドラマ化され、どれもヒットしているようだ。藤沢周平は、山形県出身でわが郷土の誇りだ。昔から大ファンである。世間に評価されるのは嬉しいのだが、ブームが続くのはなぜなのだろうか。
彼の作品を読むと、癒される感じがする。そして、人間っていいなあという思いとともに、底の方からじわじわと元気が出てくる。私は、落ち込んでいる人に、藤沢周平の小説を読むことを勧める。けっこう「効く」ようで感謝される。藤沢作品のこんなところが、庶民が痛めつけられ、閉塞感が漂う世相ゆえに喜ばれているのかもしれない。
NHK-BSに「わたしの藤沢周平」という週一の番組がある。毎回一人づつ、自分の好きな作品を紹介しながら、藤沢周平がなぜ好きなのかを語る10分のトーク番組だが、先日、そこにグラビアアイドルのサトエリこと佐藤江梨子が出ていた。こんな若い子が何をしゃべるんだろうと観ていたら、彼女は『雪明かり』という作品を挙げ、こう言った。
「藤沢作品では一秒一秒が長く、日本だけのにおい、こげくさい、土くさい、日本の根っこのにおいがある」。
ウーン、「日本の根っこ」か。言い得て妙である。サトエリを俄然見直した。
藤沢作品が、癒しをもたらし、元気を与えてくれるのは、自分がデラシネ(根無し草)ではなく、「日本の根っこ」につながっていることを実感することも与っているのだろう。