揺れる日本語 「エー」?

その昔、森昌子の「先生」という歌がヒットしたときのこと。その歌を聞いて違和感に襲われた。
「♪それはセンセイ〜」と最後を「イ」音で終えたからだ。
「えい」「けい」「せい」と表記したものは、「エー」「ケー」「セー」という長母音で発音する約束事になっている。先生と生徒は「センセーとセート」、警察は「ケーサツ」、礼儀は「レーギ」と発音する。だから、仮名を学びはじめた子は、この約束事の当てはまらない「お姉さん」を必ず「おねいさん」と書き誤るのだ。
私たち日本人は、「えい」「けい」などを二重母音として発音しない。ローマ字のAを「エー」、Kを「ケー」と発音して英語の先生に注意されるのはそのためだ。
デーブ・スペクター氏は、「セイジカが、これにサンセイしないんですよ」と発音するが、彼は外国人だから許そう。
ところが、テレビから流れる歌を注意して聴いていると、歌い手が外国人でもないのに、かなりの比率で「エイ」という二重母音の発音で歌われている。しかも、新人歌手だけでなく大御所までがそうなのだ。
「高校三年生」では「♪サンネンセー」とちゃんと歌っていた舟木一夫だが、テレビ時代劇の主題歌のほうは「♪銭形ヘイジ〜」と「イ」音をはっきりさせて歌っていた。島倉千代子が「♪ジンセイいろいろ」と歌い、美空ひばりも「♪それもまたジンセイ〜」(川の流れのように)と発音している。気になってしかたがない。
とはいえ、そういう私も、「エイ」と歌っていたことを思い出した。私の中学校のオリジナル応援歌の中に「いざ行け精鋭、スクラム組んで」というフレーズがあって、これは疑問なく「セイエイ」と歌ったのだ。もし、これを正しく発音して「♪いーざゆけ、セエエエ〜」と歌ったら、どうにも締まらなくなる。推測するに、二重母音風に歌うのは、歌にメリハリをつけるためなのかもしれない。
ピンクレディーはかろうじて正しく「♪ペッパーケーブ(警部)」と歌ったが、これはテンポが速いので、「ケイブ」と発音しにくかったとも考えられる。
発音の約束事の揺れは、歌の世界に限られないようだ。松田聖子を「セーコ」ではなく「セイコ」と発音する人が増えているような気がする。特に若い人は、長母音で発音するよりかっこいいと感じているようだ。文字によって発音がひっぱられる現象なのか。
問題になる語彙はほとんどが漢語で、古代・中世においては日本語の発音体系が今と違っていたと聞くから、漢語導入当時は二重母音で発音していたのかもしれない。そうすると、いま起こっているのは「先祖がえり」なのか。
「え」の長母音の揺れは、まだ発音に留まっているから我慢できる。しかし、表記にまで混乱を及ぼしている長母音の揺れがある。それは「お」の長母音である。
(続く)
注)沖縄の人が「ヘイワ(平和)」とかなりはっきり「イ」音が聞こえるように発音することについては、別の機会に書こう。