長井健司さんの死によせて―ITの威力

takase222007-09-30

ミャンマー軍事政権は、きのうの国営紙で「最小限の力の行使で秩序回復した」とデモの制圧を宣言したという。(朝日新聞30日朝刊)
町の通りでの大規模な抗議運動は当面押さえ込んだ形だが、今後の成り行きは不明だ。さらなる弾圧で民主運動が長期的に封じ込められるかもしれないし、支配層に亀裂が入って国軍が分裂するという可能性もありそうだ。
民主勢力との対話姿勢を多少とも見せた、かつての軍政ナンバー3のキン・ニュンが失脚して以来、政権中枢は強硬派で固められ、政策に柔軟性が消えた。
一方、治安部隊が僧侶を殺し、寺院を襲ったことは下級兵士に動揺を与えているだろう。軍幹部の中にも民衆の不満、批判が伝染し、それがクーデターという形で噴出するかもしれない。
不気味な静けさの時期がやってきた。
ところで、きょう、ノルウェーに本部をおく「ビルマ民主の声」(DVB)というサイトhttp://www.dvb.no/の映像で、殺される直前の取材中の長井さんを見ることができた。ここにアップしたのはビデオから抜いた写真である。
通りを俯瞰できる高い場所から撮影された映像だ。長井さんは小型カメラをデモ隊に向けて一人で撮影している。遠くからも外国人であることが分かり、かなり目立つ。きのうの日記で懸念したように、カメラを晒しての単独行だったようだ。
長井さんは、数十メートル先の制服の治安部隊からも外国人取材者だと目を付けられていただろう。その前に、民衆に混じった私服の治安関係者にすでにマークされていたはずだ。
長井さんの射殺映像をインターネットで世界に流したのはこのサイトであり、頭を打ち抜かれた青年の遺体など生々しい写真も数多く載っている。
今回の事件を世界に知らせるうえでのインターネットの役割について、今朝の産経新聞が一面に記事を載せている。「軍事政権への国際的圧力の源泉は、国外で運動を続ける亡命市民のパワーであり、彼らの最大の武器はインターネットだ」というリードで始まるこの記事に、「ビルマ民主の声」(DVB)が紹介されている。
DVBは88年の運動に参加した元学生たちが91年に結成、92年に短波ラジオ放送、2年前には衛星テレビ放送を始めた。そして、協力者が現地で撮影した写真やビデオを、軍政のインターネット規制を潜り抜ける特別なソフトウエアを使って、外国の拠点にネット配信させている。
デモがあった翌日にその様子がテレビで報じられたが、それを可能にしたのは、こうした組織の存在とインターネットという武器だった。そして映像はすぐにユーチューブなどで一瞬にして世界中に広まるのである。
10年前なら、ビデオテープを飛行機でバンコクに出し、そこから衛星による電送というのが一番早い送信方法だった。それにかかる時間、手間、費用、リスクを考えれば、今のネットによる映像送信は革命的といってよい進歩である。
この他にも、外国に拠点をおくたくさんのウェブサイトが、現地から送られてくるミャンマー情勢を毎日発信し続けている。ミャンマーの人たちは、こうしていったん外に出た情報から国内の状況を知るのだ。
産経の記事は、ロンドンであるサイトを運営する亡命者の「1988年にはなかった通信手段が、今は私たちの手にある」という発言を紹介している。
ミャンマーはまだネット後進国で、国営の接続業者が2つ、電子メールのアドレス保有者は2万5千人だ。それでも大変な影響力を発揮しているから、軍政はネット規制を強め、ヤフーやグーグルなどの検索サイトも監視して政治的なブログを排除しているという。
こうした検閲システムをいかにかいくぐって情報を発信するか。いま、ミャンマーでは、ネットを舞台にした見えない闘いが繰り広げられている。